歴史小説「天草四郎」の読後感
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1 小説というより、歴史書だなと思う位、史実を正確に読み込みストーリーが展開されていると感心させられた。背景の説明に納得させられた。



2 これまで教科書レベルの知識で「天草四郎は島原の乱の首謀者」としか覚えていなかったが、よく考えれば不思議なことで、その謎をこの小説は解き明かしている。



3 「予言」がまさにその謎のキーであり、四郎がカリスマとまつりあげられる裏付けとなり、一揆参加者の心の拠り所となっている。



4 この「予言」を小説の中心に置き、「15年後」に向けてカウントダウンするのかのようにストーリーが展開されており、読者の期待感を盛り上げている。



5 その時間軸の展開の中に、四郎の思春期の性への目覚めや憧れと己の性への不安、美少年すぎるが故の危うさ、が巧みに盛り込まれている。



6 また拷問の残酷さとそれに比例して強くなる信心という、人間の弱さや恐ろしさ、強さが、極限状態の中で想像を絶する程に発生しうる様を、読者の怖いもの、おぞましいものみたさを把握するかのように表現されている。



7 5,6のテーマが4の展開にうまく盛り込まれているので読者は小説としても楽しみながら歴史をも学べ飽きることなく一気に読み進める。



8 エピローグがなく、プロローグがその役割もしている様でもあり、冒頭を読み返した。



9 地図が一枚あるとイメージがもっと膨らむと思う。



辻 正太郎

横浜在住

北海道岩内町在住



「少年天草四郎の素顔」



 この物語に語られる天草四郎は、民衆に奇跡を顕した偉人などではなく、血にまみれた大一揆の扇動者でもなく、例えば今日、道すがらにすれ違ったようなどこにでもいる、大人しく、賢い普通の少年である。時代のうねりに翻弄され、初めから望んでいたわけではなかった悲劇の場所へと押し上げられるさだめ(貞)は、今日に生きるあの少年にもあの少年にも、もしや起こりうる事なのかも知れない、とすら思えてしまう。



 鎖国、キリシタン迫害という時代を通し、日本は他の世界に類のない独特の価値観を作りあげる。個人よりも世間が強く、「思い」より「思惑」が人々を動かした。キリシタンへの拷問手段などは、同じ日本人がそこまで恐ろしく残虐な事を、よく思いついたものだと愕然とする。人はこうも容易く人以外−鬼になる。そしてまた「命こそ大事」というより「命よりも大事がある」という生き方死に方を、多くの日本人が、決して笑い飛ばして否定したり出来ない。むしろ美学の領域に達してしまうのである。



 四郎の穏やかな幼い日々を彩る、美しい自然描写も印象的である。そよぐ風の匂い、みずみずしい果実、素肌にまつわる波の感触。それらは天草四郎という希代の美少年が、生まれる原点である。伝説の天童として演じていく立場になるまでは、普通の暮らしの中、他愛のない会話があり、ただ素直さで生きる姿が描かれている。その普通こそが、美しく貴い。後に続く、死者達や戦場の暗い光景が深まるほどに、その姿はなお一層美しく映え渡る。



 我々がいま感じる生まれ出づる悩みや幸福が、時を超えていにしえの人々にも同じようにあったと知る時、歴史小説を読む悦びを感じるのである。いつの世も不条理の闇の中に、人生があると知る。

 だがしかし、何が大切だったのかも、やはり変わらない。思いやりのある家族であったり、優しい人達がいる。そして小さなダイヤモンドのように光る、ささやかな祈りがある。本当は単にそれだけだったはずである。ふと気付けば隣人のように、傍に佇む天草四郎時貞が、心に語りかけてくるようである。

(枝元るみ)


天草四郎、その名の響きには不思議な魅力があり何故だか惹きつけられます。

ご存知のように島原の乱では、いの一番に名が挙げられる歴史上の有名人物です。でもその実体は一体どうなのでしょうか。

歴史の授業でもイメージばかりが先行していて、謎めいた部分が多くよく分からなかった様に記憶しています。

この度、縁があり感想を求められ、つい気軽に引き受けてしまいましたがその重責を想うと後悔する事になりました。ページを一枚めくる度にその見事な描写にたちまち圧倒されてしまいます。

情景が目に浮かび上がって迫ってくるのです。息苦しいほどの圧迫感の中で音や匂い温もりさえもがダイレクトに読み手に伝わってくるのです。

ほんの少し序章を覗いて読み始めただけなのにこれなのですから大変な役を仰せつかってしまいました。

筆者の思いがビンビン伝わってきます。このまま読み進んでいくと後から一体何が出てくるのかと期待と好奇心とで胸がいっぱいになり、早速次の展開を知りたくなるのです。一体何が最後には出てくるのでしょう。

非常に読みやすい書体なのですが丹念に史実を基にしていることがよくわかります。説得力が圧巻です。グイグイ本の世界に引き込まれていきます。好奇心が増してきます。くどさや読みにくさは決して感じません。

しかし、考え込んでしまうのです。読み進んでいると何故だかパタリと読む手が止まるのです。

私にも似た様に家族があるのですから。

天山先生の筆力で知らず知らずのうちに本の世界へと誘われ我が身の心の内を覗こうとするのです。身につまされるのです。

思い直した様にまた読み始めるのです。またパタリと読む手が止まるのです。そんなこんなを何度も繰り返すのでした。読み終えてしまうと何か大事なものを置き忘れてしまったかのような錯覚にとらわれます。

心に何か消化されないで残っている様な、大事なものなんだけど釈然としないもの。はっきりとではないがさあ何かそこに大きなものの存在が隠れている様で、それが何かを知りたくて、また最初のページを繰り直しました。

四郎時貞が生き抜いたその僅か16年という運命の歳月を追想しながら。その混沌たる赫灼なる確信を求めて。果たしてこの本から何が出てくるのか。

それは各々が感じ、想い、悲しみ、祈りそうした先にだけにしか見えてこない浄玻璃の鏡なのかもしれません。

(鵜野修次)