時事放談35

木村天山

 「命が担保」と、消費者金融が借り手に生命保険をかけて、昨年、大手5社が支払いを受けていたのは、4万件近く、死因が判明している者のうち、自殺は3600件以上になるという。

 借りる者が悪いのか。

 誰も、貧乏を好む者ではない。皆、お金のために働き、食べるために働く。一部の人を除いては、皆、ささやかに暮らしている。

 「遺族に負担をかけぬための制度で、住宅ローンの際の生命保険と同じだ」と彼らは言う。その通りであろう。兎に角、貸したものは返して貰うのだ。それでいい。

 返せなければ、死んでもいいと、考える。それが、金融という仕事なのであろう。それも善し。

 

 ただし、私は言う。

 それで事は済まない。

 すべての物事には、許容範囲というものがある。

 民法で言えば、公序良俗に反するという言い方をする。

 私は単純に人の命までも奪っても、返して貰いたいと思う、根性を言う。

 

 さて、それでは自殺した人の心霊は、どうなのであろうか。

 金融関係者は、そんなことを知らない。自分たちは、悪いことをしていないと、信じているのだろうが、違う。

 金を貸すという因縁を持ち、この人生を学ぶという目的を持って、生まれたのである。その中で、返せない者に対して、どのように対処するのかということが、後の、つまり死後の世界に戻った時の、反省になる。

 自殺をした人の霊に逢うこともあるであろう。

 自殺した人の霊が、怨霊となる場合もあるであろう。

 人の血を吸って、金融という仕事をするという定めを、どうするのか。

 

 因果応報、自業自得が、人生の法則である。それは、今世に現れる場合も、現れない場合もある。来世で現れる場合もある。

 自殺した人が、前世の因縁で成った人もいるだろう。

 どちらも裁くことは出来ない。そして、どちらも善悪ではない。

 因縁である。

 金融関係者に、命と引き換えで、返して貰うという人が、考えたことであろう。つまり、その考えた人は、自分も、そうされるということである。そして、それは、すでに成されている。来世を待たず、今世で、すでに、その報いを受けている。つまり、そう考えることが、報いである。

 地獄の思想である。

 地獄の思想を持って、今世のことを考えているのである。すでに、その人は、地獄の住人である。または、魔界の者であろう。

 裁きは、すでに裁かれているというのが、霊学の考え方である。

 

 そして、もう一つの劣った考え方に、恨みという考え方がある。死者が怨霊になるということである。怨霊は金融会社を覆う。

 祟り霊として、金融会社に取り憑くのである。その霊を清めるのは、生半可なものではない。清め祓をする者にも、取り憑くという執念を持って呪っている場合もある。

 金融会社には、ゆめゆめ近付くことなかれ。

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