時事放談 追加1
木村天山
マスコミというものは、嘘八百を喧伝しても平気なくせに、演歌のような、お涙頂戴には、非常に弱いのである。
破産した、北海道夕張市の成人式を、成人の皆々が手作りでやったということを、称賛する。
こういうのを、アホ馬鹿間抜けという。
成人式を手前でやる。当たり前のことであろう。
破産した町だから、どうだという話ではない。
予算がなくて、云々という、涙ながらの話を聞くと、ぞっとする。
会場も、市の施設を使いと。当たり前であろう。
成人式のために、大層な予算を出すということが、間違っている。
今、世の中が、どんな状態になっているのか。
アホ馬鹿な成人のために、大層金を掛けて、どうする。
この成人たちは、これからの日本の大きな荷物になるのである。
基本的な常識から、伝統教育から受けずに、アホ面して、ほやけている。
夕張の成人式が、感動するという、マスコミの感覚を疑うのである。
つまり、お涙頂戴であろう。ただそれだけ。
哀れだという奢りである。
哀れなものか。
夕張の破産を招いたものは何か。市民の政治に対する欠落でろあう。
私は笑う。
市政もアホなら、市民もアホであるということだ。それを成人になる者が、理解すること。成人式も出来ない程になったということを知るべきである。
それが、現実を知るお勉強である。
北海道新聞のアホな記者の「自分たちの力で成人祭を開いた夕張の新成人の涙を思い浮かべた」という記事があり、私は笑った。
記者というものは、本当にアホである。
それでは、その後で、成人した者たちが、何をしたのかまで、追跡すべきである。
静かに、家に戻り、夕張の先行きを案じたか。そんなことは、あるまい。
そうそうに、この町を捨てて、新たな希望に満ちた土地に行こうと考えるのである。
アホも極まれりである。
だから、私はマスコミ等々の喧伝することがウソであることを知っている。
勿論、中には夕張に残り、それで生きようとする者もいるだろうが、ほとんどが馬鹿である。
冷静に考えて、夕張にあるものは、何も無い。
どこを、どうしても、夕張に何があるのか。
夕張メロンのみであろう。
しかし、夕張メロンより、旨いメロンは、今、北海道の各地で作られている。
万事休すである。
ご苦労様である。