新沈黙を破る
藤岡宣男の命に、謹んで祝詞(のりごと)を申す
広く平けく 我らがために その遺徳を 美空の如く千尋の如く
惜しみ無く 与えたまえと かしこみかしこみ申す
藤岡宣男が崩(神上がり)して半年を過ぎ、そして一年祭の準備をしている間、私は、静かに藤岡を見つめつつ、藤岡の思い出を探りつつ、彼の業績を見直し、益々その偉大さを感じて、かの天才と共に過ごした日々を、有り難く思い、感謝した。
彼は多くの人と縁をしたが、それはほんの気まぐれ、些細なものであった。しかし、私とは、人生を託した。何に。それは芸術でもなく、音楽でもない。
「歌う」ということである。
歌は芸術でも音楽でもない。
歌は生きることであった。
そしてそれは正しい。
藤岡の死を霊学から観た。
端的に言う。
魔界の魔神は、藤岡を手に入れるために、虎視眈々として狙っていた。それは多くの人が注目すればするほど、利用しやすいからである。
信じる者は、信ずるがいい。
精神の不調がピークに達していた。それを一番知っていたのは、私である。しかし、それはまた彼のものであり、私にも手だし出来ないものであった。
魔神はある者を通して、藤岡に圧力を掛けた。その人間が悪いのではない。その人間が仲介に入ったと信じる。勿論、本人には、自覚がない。
それがなければ、藤岡は私の部屋に戻って来なかったのである。そのままパーティーに出て、その日は終わった。だが、運命というものもある。宿命というものもある。
歌うことで、それを変容させていた藤岡だが、最も藤岡の弱さに付け込んできた。
そして事故である。
私は藤岡の両腕を握った感触を忘れない。そして、藤岡の目を閉じた感触もである。
ある日、藤岡が私に言った。「僕が木村さんを選んだんだよ」と。私ではなく、藤岡が私を選んだと言う。
私は藤岡に選ばれたのである。その仲を裂こうとする者、それが魔神の手先である。
それがピークに達したのが事故となった。
私は藤岡の冥福を祈る者ではない。藤岡の復活を祈るものである。つまり、藤岡は亡くなっても無くなったのではないということ。それが、これから証明される。
藤岡宣男は、これから生き続けるのである。そしてそれは、私の生涯のテーマになった。 さて、言う。
人一人が命を掛けるということは、どういうことか。
「友のために命を捧げる以上の愛はない」とユダヤの魔神に対決したナザレのイエスが言う。この愛とは何か。
愛とは何か。やまと言葉で言う。誠であり、大和魂(おおいなる柔らぎの心)である。神界には、誠のみ通じる。まこと、である。
まアこオとオである。開いて送る、贈る。与える与える与えることを、まことと言う。
神界は与える世界であるから、与える者になることなのである。
藤岡は私に与えた。だから私も藤岡に与える。何を。私が出来るすべてをである。
ここから、私の戦いが始まる。
道をつけるとも言う。道を創るとも言う。
藤岡宣男の道を創るのである。
それは神への道である。
私は宗教を創立しようとする者ではない。全く、その逆である。私は宗教団体を否定する者である。
一人一人が、一人一人に成ること、これが神への道である。それは魂が完全無欠の自由を有するように、一人一人が完全無欠の自由を得ることなのである。
それへの道である。
天地自然に充満する、秩序と法則、そこに生きている我は、神であるという意識である。
再度言う。
天地自然と共存共生して生きることである。
藤岡宣男の意志は、そこにある。それを歌で示した。すなわち歌が生きること。それを多くの人に実現させるべく生きた。表現することが人生であること。
私が私として生きて表現すること。救いとは、それである。
私が私になること。それが救いなのである。
藤岡宣男は歌うことで藤岡宣男に成った。私はそれを伝えるべく、生きるのである。
皆が、藤岡宣男のように生きるべく、私は道を創造するのである。
肉体のあるうちは、肉体に従う定めがある。藤岡も、肉体を得て、肉体の満足を求めた。それは人として当然なことである。しかし、肉体を失ってからは、肉体に縛られることなく、自由に完全に自由に、その魂を働かせる。
藤岡宣男の魂は、私と共にあり、志し同じくする者と共にある。
いざ、出陣である。