新沈黙を破る 2

 藤岡宣男が亡くなって半年が過ぎようとしているある日、私は無性に寂しくなった。心には藤岡がいるのであるが、矢張り、その顔を見て声を聞きたいと。

 そして、私が開催しているコンサートについて、藤岡は何も言わないが、大丈夫なのであろうかと。多くの批判や非難を受けても、私が何故やる必要があるのかと、佇んだ。

 私は別に、コンサートを開催する必要はないのである。私は、私が望んでいる南の島に行き、藤岡の歌声を聴いて、静かに人生を過ごしたいと思っていた。私のお弟子さんは、結婚してバリ島に家を建てて住むというし、それに便乗して、私もバリ島に住むことを考えても良かった。

 それが、何故、批判や非難されるために、お金を出してコンサートを開催するのか。不思議でしょうがない。これを止めると、どんなに楽になるか。

 態々、クラシックの世界の皆々様に、余計なことを言い、反感を買い、私程、馬鹿者はいないと思った。

 止めるのは、簡単なことである。

 この地から離れることも簡単なことである。

 何故・・・

 

 実は、今もって解らないのである。藤岡のお弟子さんがいるからでも、コンサート開催が好きな訳でもない。

 私は、コンサートを開催することで、尊敬していたある作家の方と、言い争いをした。その方と、言い争いをすることまでして、何故、こんなことをするのか。

 主催者、プロデューサーが表に出るとは、笑止千万であるとまで言われて、何故するのか。不思議である。

 これによって誰が得をするのか。

 舞台に出て上手になる歌い手が得するのか。

 

 寂しさは、私を追い詰める。

 原点に戻る。

 私がコンサートを開催したのは、藤岡のためである。唯一、それである。

 藤岡が亡き後も続ける理由がない。

 私は死んで忘れ去られても、藤岡の歌声は忘れ去られない。だから私は、コンサートを続ける。そうして亡き後も、続けていた。

 私は、強い人間であるから、誰に何を言われても、平気でいる。死ぬことを恐れていないから、恥知らず、恐れしらずである。

 その私が、つくづくと佇んだ。この寂しさにである。

 見ざる聞かざる言わざるが、人生の極意であることを、私は知っている。孤独であることを受け入れれば、何も恐れるものがないことも知っている。それなのに、何故、寂しいのか。

 そう遅くない時期に、私も藤岡の世界へ行く。それを知っている。

 では、この寂しさは何であろうか。

 この世のものでは、埋め切れないもの。

 私は転生の過程を経て、長い旅をしている。長い長い旅をしている。遥かな私への旅をしている。

 藤岡も同じく旅をしている。魂の旅である。その過程で出会い、縁して、この世でも付き合いをした。藤岡を通して、この世の最も悲しい想いを体験した。

 藤岡を念ずると、藤岡はいつも楽しそうにしている。あちらの世界は楽しいようである。それで私は救われる。

 さて、こんなしょうもないことを書き続けていても、しょうもない。また、この人生のラストスパートを生きるか。少々面倒だが、もう少し頑張るか。この寂しさを抱いて生きるか。

 存在、それ自体の孤独である。

 存在の孤独を充満させる。そしてまた歩き始める。

 人は、私に近付くことは出来ない。私は知ったのである。悟りも救いも無い、存在の孤独を知った者として。

 それは妄想でも、迷いでもない。あるがままの私の姿が、孤独であったのだ。

 藤岡がいた頃、私は藤岡の世話をして、それをよく見なかった。何から何まで、私は藤岡の世話をした。それで良かった。しかし今、藤岡は私に、人生の秘密を示した。転生を経て、こうして伝え合っていた関係であることを、私は知った。

 矢張り、間違っていなかった。後は野となれ山となれである。何一つ、この世に未練は無い。死ぬまで生きる。それのみ。


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