新沈黙を破る 6
さて、二期会なるものである。そのレベルについては、言わない。言う必要がない。会員を見れは、一目瞭然である。
声楽家は算数が出来ないようである。二期会の決算報告等々をよく見ているのであろうか。いや、見てもなんのことか解らないであろう。
二期会の存在の意味は、二期会で生活出来る者がいるということで、そのためにお金が動いている。営利団体ではないというのは真っ赤なウソである。そして、文化庁からの資金援助である。それはどうのように、使われているのか。大半は、職員の給与であろう。また、もっと深く追求すれば、二期会は消滅する。
これ以上は言わないでおく。
あたかも、音楽界に貢献しているように見えるだけであり、地方公務員の様と、その職員及び、お金を得ている人は変わらない。
二期会の存在意義は、実は、まったくないといえる。ただ、アホ揃いの歌い手の団体という意味では、生かされているのかもしれない。
そう死ぬまでの暇つぶしをさせているのである。
糞の役にもたたない歌を歌う者どもである。世に放てば、どんなアホな真似をするかもしれないから、まあ、何かをやらせておこうという、誰かの恩情であろう。
税金を使用しているのであるから、国民に無料で公演を見せてもいいはずであるが、そんな話しは聞かない。タダでも聴く人は少ないだろう。何をやっているのか解らないような歌である。意味も解らなければ、出演者の不細工な顔を見るのであるから、何をか言わんやである。
取ってつけたような芸を成して、オペラでございとやっている様は、猿回しより劣る。 オペラの歌詞の意味も知らないのであろう。知れば、あんな歌を歌うことは出来ない。恥ずかしくて、日本人であれば平気で歌うことなど出来ない内容である。
短足胴長で、西洋人に真似している様は哀れである。
それは藤原何とかも同じ。兎に角、一度、解体して、出直すことが必要であろう。が、誰もそんな高尚なことは考えられないという哀れさである。
誰か、経理を見ればいいのである。誰が、何をしているのかを見るべきである。どこにお金が流れているのかを見ると良い。私からのアドバイスである。
私も国民であるから、一度二期会の経理状況を見ることにする。援助されているお金が、どのように使用されているのか、見せて貰う。
納得しなければ、言う。
アホな声楽家を騙すのは、赤子の手を捻るより楽であろう。アホでこ狡いはずなのであるが、こと権威ある者に対しては、簡単に頭を垂れるというアホの上塗りをする。頭の悪いソプラノ連中が、嫉妬ややっかみで舞台に出ている程度が、あのオペラである。
オペラを日本語にすると、歌劇となるのだろうが、あのストーリィーは歌舞伎より劣る。互いに奇想天外だが、オペラは西洋人の性の昇華であり、歌舞伎は庶民の娯楽であり、それならば中国の京劇の方が、実に芸術的、文化的であろう。京劇のストーリィーは、伝統を踏まえてのもの。歌舞伎は、まだ伝統にまでに至っていない。