新沈黙を破る 9

 発声指導を勧めたのは私である。藤岡は人に教えている暇は無いと、教えることは考えていなかった。しかし私は、習いたいという人がいるのだから、教えるべきだと勧めた。 発声セミナーの始まりである。

 藤岡の指導は、声を出すための体作りであった。

 藤岡自身、あらゆる体作りのセミナーや治療等々に出掛けていた、それは私も驚嘆するほどだった。いかに理想的に声を出すかということを、様々な方法で模索していた。健康器具等にも興味を示して、呆れる程、色々なものを購入した。

 

 指導は、その人に合った方法を取った。芸事を教えて20年程のキャリアを持つ私も、藤岡の指導の様には、感心した。根気よく教えることが出来る指導者だった。

 だが、それは教えられる側も、それなりの気迫があってのもの。

 歌だけではなく、声を出す仕事をしている人もセミナーに来た。そしてある程度の方法を身につけると、終わっていった。舞台に出る声楽を目指す人は、歌唱指導も伴い、続けていた。

 習う人も様々である。すでに習い方を決めてきている者もいた。発声は、こうあるべきだと思い込んでいる者である。多くは、合唱などのグループに入っていて、少しは声が出るというタイプである。勿論、話にならない者もいた。

 声を出す手前で諦めた人もいる。要するに、ただ声を出していれば満足するというタイプである。面倒な体操を好まないタイプである。人生を安易に考える者だった。

 さて、私がいいたいことは、藤岡の指導により、声量が増し、見事に一定のレベルに達した者のことである。藤岡亡き後、藤岡の開発した方法をすべてマスターする前に、他の指導者についた者で、無残にも個性を殺され、そして殺伐たる声になった者である。

 自信過剰は私のことであると思っていたが、そういう者も、大層な自信過剰であり、一度上手のレベルに達したものだから、上手だと信じてしまった者である。

 

 人の声の美しさは、体から発するのではなく、体から離れて声が飛ぶのである。口から声が出るのではない。体の周囲から声が出るのである。そのために声を出す体作りをするのである。

 結局、声楽家は体から声を発する。しかし、本来は、体の外から声が出ているのである。声は波動であるから、体からの波動が声になることなのである。

 私は藤岡の胸囲が次第に広くなっていることを知っている。体を精巧な楽器にしていたのである。

 藤岡の母音を聴くと、それが天から降り注ぐように聴こえた。天上からの声のようであった。だから日本の歌は、素晴らしかった。

 音楽ホールは残響が命である。ホール自体が、楽器となる。そこで声が出ているといい気になって歌う声楽家が日本の声楽家である。

 一度、西洋の教会で歌うと良い。それ自体が楽器となっている。つまり、日本には、建物に楽器の構造はない。ただし、寺によっては、声明などの読経を響かせる構造もあるにはあるが、西洋の建物には適わない。

 野外で歌う、モンゴルの歌い手の声をホールで聴いたことがあるが、見事だった。それこそ発声を学ぶなら、西洋に行くより、モンゴルに出掛けて習った方が身のためであるが、モンゴルに留学し発声を学んだと言っても、だれも相手にしないであろう。

 何せ、イタリア、ドイツ、フランスと、それだけで、有り難がる民なのであるから。足の臭い西洋人に、はいつくばって憧れの眼差しを向けているアホな日本の女を見るにつけ、私は絶望感に打ちのめされる。西洋から歌い手が来ると、アホ面をした女が、ベッドに誘ってくれないかと心底望んでいる様は、哀れである。

 さて、藤岡の発声は、日本人に合ったものだった。それを、広く告知出来なかったのは、ひとえに私の不徳であると思っている。