新沈黙を破る 14
どうしても、このことについて触れないといけないと思い書くことにする。
演歌師という言葉である。この演歌という言葉に拘るようで、私は演歌歌手とは言っていない。演歌師とは、明治の初期に演題を歌にして歌った者を言う。その彼らの発声法を模索して、私は演歌師と名乗ったのである。
どうしてクラシックコンサートに演歌なのかと言う人がいて、ため息をついた。
クラシック音楽というものも、その成立過程がある。演歌というものも、その成立過程がある。どれがどれで良い悪いの問題ではなく、好き、嫌いの問題である。
しかし、クラシックフアンという馬鹿者は、演歌を低俗なものとして認識する。
何故か。それは成立過程を知らないという無知からである。
それではクラシックの成立過程を知るかと言えば、よく知らないでいる。兎に角、西洋人の音楽は、崇高であると思いたい。あの教会のステンドグラスの中に入りたい。そして異国気分に浸って、そのうちに日本のものより、西洋のものの方が、凄くいいものであると信じ込みたいのである。
納豆ご飯を食べ、みそ汁を飲んでも、西洋人に真似たいのである。
昔、英語が話せるというだけで、得意満面になっていたアホが多かったようにである。
演歌師という発声法がある。生声で歌うものであり、声楽家に似る。
しかし、私も面倒になり、藤岡が笑った歌師とも名乗ることにした。
声楽家の日本語の歌に絶望したからである。唯一、藤岡が、真っ当な日本語の語感を持って歌った声楽家である。
何度も言うが、日本人の声楽家が日本語を正しく歌えないで、どうするというのだろう。あちらの歌も満足に歌えず、日本の歌も満足でないとしたならば、何を持っての声楽家であろうか。
絶叫して歌うような日本の歌は無い。イタリアオペラのようにして歌う日本の歌は無い。 語感無視の歌を誰が認めて、教えたのか。これだけでも、日本の芸大、音大の嘘八百が解るというものだろう。
さて、ところが、日本の歌の世界も、民謡から朗詠等々、マイクを使用するようになって、生声の大切さを忘れた。口先で、声を転がす術は上達したが、もしマイクが無ければ成り立たないようになった。それでは、声の芸術の伝統が廃れる。
両者を鑑みて、私は演歌師を名乗ったのである。
演歌師だから、演歌をのみ歌うと考えてしまう者が多く、閉口した。
私は声楽家が歌う、芸術歌曲というものも歌う。しかし、声楽家のように語感無視ではない。日本語の語感という、言葉の命を大切にして歌う。童謡、唱歌も歌う。そして流行歌と言われたものも、演歌も歌う。
オペラアリアも歌っていいが、それでは、あまりに声楽家が可哀想である。私に適わないからである。その理由は、私に適う程の、恥知らず恐れ知らずが世の中にいないからである。
心身脱落すれば火もまた涼しいのである。
私はすべての力を抜くことを知っている。これだけで、声楽家は私に適わない。
藤岡がいたならば、私もこんなことを言うことはなかったであろう。
これ程、藤岡の存在が私にとって大きかったのである。
あの歌声を持って世界の平和のために貢献出来たと思うと、藤岡のいないことの悲しみが、大波のように押し寄せてくる。
世界の平和のために歌える声楽家が、今、日本にいるか。
せいぜい、明日の練習の、数カ月後の舞台での下手な歌を、どうやって歌うかを思いあぐねるのが関の山であろう。
クラシック音楽に人が集わないのは当然である。自覚症状の無い、ノイローゼ、鬱病等々、精神疾患の顔付きのソプラノ花盛りである。健康な人は、健康的なポップスや演歌歌手、そして今は、フォーク歌手のコンサートに出掛ける。
ついでにもう一つ、古楽系のアカペラグループも多くなったが、あれは精神病院の患者で集うお歌の集いである。声のハーモニーが死んでいる。それに気づかない。美しければいいというものではない。白痴美人である。
いずれ、クラシック音楽の発祥の一つである、グレゴリオ聖歌について書くが、西洋の中世という時代は、信じられない程の無知蒙昧の時代であった。男子修道院の石作りの聖堂で、男子のみが夜明け前から生声で歌うという、不気味さを知らない。禁欲と、また裏腹に今のゲイもぶっ飛ぶゲイ文化もありである。