新・沈黙を破る 16
西洋音楽の大本は、福音宣教である。つまりキリスト教の布教が最大の目的であった。そしてそれは、政治を司る者にも、最も端的に人民を支配する、最良の方法であったということである。
単純に、はいそれではといって、音楽が誕生したのではない。西洋音楽がである。
ただし、日本の神楽の場合は、支配者の思惑云々ではなく、民衆が自発的に神呼びをし、神と共に食し歌い、神と共に楽しんで、終わると、神を元の本宮へお戻しした。音楽というものの、原点が全く違う。
支配するための音楽行為と、自発的な音楽行為である。
民族音楽なるものは、ほとんどが、民の自発的音楽行為であった。
まあしかし、西洋音楽というものも、極めれば民族音楽ということになる。それでは、どこの民族か。それは、カール大帝フランク王国、つまり後のドイツ、フランス、イタリアということになる。
西洋史は、ギリシャ・ローマ時代から始まる。確かに、それが後の西洋文明に多くの影響を与えた。音楽史も特に思想面では古代ギリシャの影響を受ける。
しかし、それはゲルマン人の侵入によって解体された。西ローマ帝国の滅亡は476年である。その後は、諸民族が入り乱れての混乱期である。カール大帝がフランク王国の戴冠を得たのは、800年である。
余談であるが、キリスト教の膨大な思想的体系も、ギリシャ哲学を母体にする。西洋の精神の大本は、ギリシャであるということだ。しかし後にそれは、ギリシャ哲学を超えた西洋思想、取り分けキリスト教がそうである。ギリシャ哲学を超えて、唯一の神にたどり着いたということである。ギリシャ哲学では至らなかった唯一神、それがイエス・キリストであった。
ギリシャの思想は、人間の思想であった。それがキリスト教の教義により神の思想に変容していった過程がある。
ギリシャ哲学の、西洋哲学の、そして世界の哲学の始原を探ると、アリストテレスの言葉である「タレスは、かの哲学の始祖であるけれども、水がそれである、といっている」とある。そして「いっさいのものは、神々に充ちている」との言葉である。
タレスは、世界の原理は何かという問を発したことによる。
水がそれとの、「それ」は哲学のことである。
神話から抜け出て、論理、ロゴスの世界の始まりであった。
ちなみに、ギリシャ哲学というが、地理的にはギリシャ本土から見て、東にあるエーゲ海対岸のイオニアと現在の南イタリアに位置する。つまりギリシャの植民都市による。
世界の原理のそれを水として決定し、その「それ」を知的探求とする。言葉への目覚めである。
「それ」は哲学であり、精神である。言葉は精神であるという所以である。
哲学の命である、言葉、ロゴスを、キリスト教では、神からのものと決定した。つまりヨハネの福音にある「初めに言葉があった、言葉は神であった」となる。新約聖書の中に多くイエスは、「私は道であり、真理であり、命である」と言う。「たとえこの世に終わりが来るとも、私の言葉は滅ぶことがない」とのイエスの言葉は、哲学への挑戦であり、それを神学として、哲学の形而上学をさらに超えるものとしての、神への学となる。
神は哲学を超えるのである。それを総称して信仰と言う。
しかしその後、19世紀後半にニーチェは、その神の思想、神学を称して「神は死んだ」と高らかに叫んだ。人間の限りを尽くした神学は死んだということである。これについては、いずれまた。