新・沈黙を破る 22

木村天山

 ギリシャ人が音楽というものを広く捕らえていたというのは、音楽と詩が一致していることである。詩とは、言葉である。言葉が音楽と一致していたのである。

 プラトンは歌を「言葉とリズムとハルモニアとからなるもの」と定義している。更に、アリストテレスは、詩の構成要素として、旋律とリズムと言語を挙げ、散文または韻文の形による言語だけで模倣するもう一つの芸術があると言う。この模倣の形式には今のところ名称が無いとも言う。

 

 ここで日本の伝統である万葉集を言う。

 万葉集の言葉は、そのまま歌になっている。詩は歌なのである。それはそのまま、ギリシャ人と同じく、五七調、七五調というリズムになり、そのまま言葉を述べる場合は、自然に短旋律の歌になる。

 万葉の歌を、どれでも一つ選び、何度も繰り返して呼んでいると、自然に言葉のリズムになってゆく。歌が詩(うた)である所以である。

 信濃なる 千曲の川の さざれ石 君し踏みては 玉とひろわん 

 何の技巧を凝らさなくても、日本語にはリズムが伴う。勿論、他国の言葉もそうであろう。言葉は歌である。これ真実である。

 それが音楽として成長する。または、高まるには、意識の問題のみになる。そしてそれが芸術とか芸能とか定義されることもなく、延々として続いていた事実がある。

 理屈は哲学に負う。日本に哲学はなかったとする連中は、哲学という言葉に捕らわれているのであり、哲学という言葉自体に意味は無い。日本は言霊という哲学を超えた世界観を持っていた。言霊とは神の世界である。言葉は神であった。聖書のヨハネ伝ではない。最初から、言霊は神であった。一音が神であった。では神とは何か、それは自然に充ちるもの。自然と共に在るものであった。日本の神の意識は、決してギリシャのロゴス云々の世界ではない。それは言葉自体が神であるというギリシャ人も仰天する考え方である。

 人の生活の、その先にある自然に神が存在していた。充満していた。もしタレスが、すべては神々に充ちているというのが、唯神道(かんながら)であれば、素晴らしいのだが。 

 ピタゴラス教団では、人間の魂は数の関係によって、調和を保たれる複合体であると考えていた。音楽は、その秩序ある組織を写すだけではなく、魂に、また無生命の世界にまで浸透すると信じられた。

 アリストテレスは、音楽が人の振る舞いに影響するということを言う。そしてプラトンと共に、肉体を訓練するものは体育であり、精神を訓練するものは音楽であるとした。

 どこの文献にも無いが、私は、言葉の発生と共に、それは当然旋律を持つものであり、一つの言葉の音を延ばしたり、抑揚をつけて音を発することによって、原始的音楽が、言葉と同時に発生していたと言う。

 民謡の発生である。それを意識するしないに関わらず、言葉を発することは、歌になったということである。何も、哲学者たちの独壇場ではない。名も無い人々によって、すでに音楽はなされていた。

 それ故、初期の教会音楽にも、それらが取り入れられていたはずである。それぞれの教会で勝手に、信者たち、または司祭が祈りの言葉を、抑揚をつけて歌った。その地域特有の言葉の使い方による、歌である。

 霊学から観ると、体を動かす時に、人は言葉を音を口から発した。民謡の発生である。農民が、漁民が体を動かしつつ、掛け声のように、言葉を発した。歌の誕生である。それを、小難しい言葉で語り始めたのが、哲学者である。

 ここで言うが、哲学者とは、小賢しい饒舌好きの物好きである。少しばかり前頭葉が活発に働くだけのことである。体を動かすより、前頭葉を動かすことが好きなだけである。ただ、それが書かれることによって、後世に残る故に、驚嘆される。

 驚嘆するものは、多くあったが、記録されないから、知らないだけである。

 特別に有り難がることはない。

 

 私の話を裏付けるかのように、アリストクセノスという紀元前330年頃のギリシャ人が「調和言論」という書に、それ以前の著作家であるクレオネーデスの調和論(ハルモニケー)が紹介されている。

 調和論は、音高に関わる事柄は、楽音、音程、類(ゲノス)音階組織、トノス、転調、旋律法の七項目から成るものである。

 ここで余談だが、私は、カタカナ文字に弱く、覚えられないので、そういうことは、暇な学者に任せる。私は素人であるから、一々の説明はしない。興味のある方は、専門書を読むことである。お勧めはグラウトの西洋音楽史である。

 

 アリストクセノスは、人声の動きを2種類に分けて区別し、話し言葉のように、声が特定の音高を定めることなく上下に滑らかに動く連動的な運動と、音高が維持されて音と音の間にはっきりとした隔たりが認められる音程的な運動があるということである。

 当たり前のことを発見して、それを言葉にするという働きを精神活動と言う。ギリシャの哲学者は、それの手本を示したといえる。ご苦労なことだが、名の無い人々もまた、ご苦労したであろうと想像できるのが、歴史への愛情であろう。