新・沈黙を破る 30

木村天山

 さて、オルガヌム作曲家のペロタンの舞い踊るようなリズムをモードリズムと呼ぶ。ただしそれを理解するのは難しい。

 現在では、和声というと「ドミソ」であるが、中世では「ドミソ」は不協和音だったということである。当時は「ミ」が入ってはいけなかった。中世では「ドソ」という、現在では、空虚五度という禁則とされる響きが正しいものだった。

 それは、まろやかさを欠く、尖ったような音である。

 それは、禁欲的で威嚇するような響きを善しとしたのである。つまり音楽は、癒し効果がある甘美なものというイメージはない。

 学者は、中世の音楽美学として、中世は音を楽しむものではなかったと言う。中世を通して読まれたという、ボエティウスの「音楽要綱」には、音楽を三種に分類し、一つは、ムジカ・ムンダナーという宇宙の音楽ということでの解釈である。世界を調律している秩序のことである。そしてそれがまた人間にもあるという、ムジカ・フマーナという人間の音楽、そして実際に鳴る音楽、ムジカ・インストゥルメンタリス、つまり楽器や声楽の音楽である。最後の音楽が、現在の音楽と言われるものである。

 本当の音楽とは、その背後の秩序のことであるとされていた。この考え方は、以前に書いたピタゴラスへと戻る。音楽は数学の一種であるという考え方である。

 そして、もう一つの大きな要素は、教会である。その支配を抜きにして考えられないのである。

 教会は、音楽を楽しむという考え方をすべて退けた。それには、異教の改宗者たちを元の感情に戻すことなくということである。一時期は、すべての楽器を禁止したほどである。 音楽も支配するためのものであった。人間の感情を引き付ける音楽の魅力に危機意識を持って対処したといってよい。

 愚かさは頑固さに通じる。教会は、楽しむ音楽は、信仰を濁らせると考えた。非常に厳格な聖職者たちは、音楽など排除せよという考え方をした。特に異教や異端を思わせる音楽的行為は、罪の意識までも持った。

 極端な禁欲主義は、極端な性格を作る。許容範囲が非常に狭くなるのである。

 寒中に修行と称して凍てつく海や川で水をかぶるという仰天をして、修行とする考え方は、単なる酔狂である。厳格な修行をする者が、何にも動じない根性を作るというが、それは単に協調出来ない、堅物の根性曲がりの性格を作るのである。

 座禅を長きにわたり続けていたり、肉体行をする宗教関係者に、どうしようもない頭の悪いのがいる。拘りが偏狭な性格を作り上げてしまったのである。本人は得意であるが、客観的に見れば、何のことは無い、頭が悪いだけである。

 

 中世の教会にも、そういう聖職者がごまんといて、音楽を人心を惑わすものとした者も多い。時には、法王が、淫靡で淫乱を起こすと禁止することもあった。それ程、音楽に魅力があるということだが、支配者にとっては、音楽を楽しんでもらっては困るのである。 それは兎も角、音楽、現在に続く芸術音楽は、中世では現象界の秩序を探求する科学に近いものとの考え方を持っていた。ギリシャ哲学からの影響である。

 1100年頃の、ヨハネス・アフリゲメンシスの「音楽論」には、二種類の音楽家がいるとしている。一つは、ムジスクムという理論を熟知している音楽家、そしてカントールという、理論なしに音楽をする人である。

 さて、日本の音楽家の場合は、カントールのみであろう。音楽学なるものを学んでいるのは、単に、歌も楽器もやりたいのだが、前世の因縁で、何をやってもものにならなかったという者が、学ぶ。頭が良ければ、他の事を研究して、さらに音楽学を学ぶのである。 要するに、どうにもしょうがないから音楽学を学ぶ、また学者になるというもので、それらが、演奏家を批判する、論評するなどとは、片腹痛いのであるが、本人は得意である。 自分を哀れと思えぬ感性を持つ、本当におめでたい人である。音大、芸大に行けば、それらの顔を見ることが出来る。ほとんど、うすぺらな顔付きをしている。

 創意工夫もなく、単に本を沢山読んでいるという程度であり、論文を書かせても、引用引用また引用で、自分の考えなど無い。ある訳がない。だから教授になっているのである。それを恥ずかしいと思えないのだから、先祖がいかなる者たちであったかが解るというものである。

 私の知人の知り合いに芸大の音楽学教授がいる。大変耳の良い人で、非常に厳しい批評をするという。私は笑った。人に厳しいが、誰も、その人には厳しくないのであろう。

 何も出来ない者と、皆が知っているのである。聴くだけなら、猫でもする。猫も嫌なら、逃げ出す。その人の批評もその程度であろうことは想像に難くない。