新沈黙を破る 37

木村天山

 ここで、カトリック教会のミサ典礼の形を紹介する。

 私は中学生の頃から、このミサに参加し、司祭の脇で奉仕する侍者を務めていた。自然にミサの典礼に触れていたということになる。

 前世の因縁により、15歳の年に洗礼を受けた。それについては、別の機会に書く。

 

 ミサの最初は、あわれみの賛歌である。「主よあわれみたまえ」キリエ・レイソンとして有名である。次に、栄光の賛歌。「天のいと高きさころには神に栄光」そして、信仰宣言である。次に感謝の賛歌、そして平和の賛歌である。

 ミサの間中歌っていた記憶がある。

 典礼文は、といっても、それも歌う。入祭唱(司祭が入ってくる時に歌う)聖書朗読の前に歌う、昇階唱。アレルヤ(朗読の合間に歌う短い賛歌)奉納唱(献金などを捧げる時に歌う)聖体拝領唱(信者が聖体拝領する時に歌う)

 この形に整ったのが、およそ1000年頃である。

 現在はまた形が違っていると聞くが、基本は変わらない。より分かりやすい言葉づかいになっていると思われる。私の頃は、文語体での祈りの言葉であった。

 私にとってミサは新鮮な祈りの形だった。信者が参加してミサがある。仏教のお経は、坊主の読経をただ黙ってきいているのみである。司祭と信者が呼応するごとくのミサ聖祭は、非常に優れたものであと思う。ミサに参加するというのは、ただ、そこにいるというのではなく、自分も歌い、祈りに参加するのである。

 クリスマスの深夜ミサや、復活祭のミサに参加する時、世界でミサが行われているということに感激していた。

 勿論、今は違う。

 世界中でミサが行われるということは、カトリックが他民族、他宗教を飲み込んで巨大化したという事実を観る。そのために手段を選ばなかった布教である。

 宣教師は野蛮な民族、異端にある人々に、神の教えを伝えるべく、純粋無垢に活動したのであろうが、それは裏を返せば、カトリックの世界制覇のお手伝いをするということである。命を投げ打って、主イエスの教えを伝導する。信仰が人を狂気に駆り立てるのである。信仰するということは、布教活動をするということと同義になる。

 北海道の寒村にあったカトリック教会は、それ自体が文化だった。

 知らぬ世界への憧れを満たす場所となっていた。勿論、キリスト教というバター臭い宗教を受け入れられない人々も多くいた。

 私は、教会により西洋の文化を多く学んだ。それは学校の勉強より刺激的であった。知らずに西洋思想にも触れた。司祭がドイツ人であったことから、また多くの刺激を受け、世界観を持つことが出来た。

 教会のオルガンを独学で弾いていた時期もある。自分の好きなように変調し、伴奏をつけて弾いていた。すべて勘である。

 学校の勉強に興味なく、私はカトリック教理の勉強をしていた。聖書解釈等々、様々な本を手当たり次第に読み、独自の宗教観を養っていた。そこから文学へ、哲学思想の世界へ、そして様々な学問との出会いである。その後、多くの宗教を学ぶことになる。そして、心霊研究から、霊学へと進んだ。

 東洋占術を学ぶことによって、東洋、日本思想の根幹に触れた。それは日本の伝統文化と言われるものの思想的裏付けにもなった。

 それはすべて独学である。

 卒業証書を買うために大学へ行くことなく、私はそうして独自に私の思想を創造していった。私は理屈を好まないから、論戦はしない。不毛な論戦をしている暇は無い。人生は無常迅速である。それを超えて生きるべく、私の道を創造しなければならないからだ。

 見えるものは、見えないものによって支えられ、聞こえるものは、聞こえないものによって支えられてある。今は、ここまでたどり着いた。