新沈黙を破る41

木村天山

 何故、モンゴル帝国などのことを音楽史に書くのか。それは、ルネッサンスを解説するためである。

 ルネッサンスを、人間復興などと言うのは勝手だが、意味が違う。教会の支配下から逃れて云々という言い方が多かったが、そんなことだけではない。他からの刺激なのである。 つまり別の価値観を持つ者がいることで、触発された。

 イタリア商人が、ルネッサンスの幕開けをするのである。芸術家ではない。商人たちである。芸術家がルネッサンスを指揮したのではない。

 モンゴル人が築いたユーラシア規模の大交易網に、イタリア商人も乗って、多くの価値観を見た。そこが大切なところである。

 世界が広がったのである。広く万国に目を向けたのである。

 イスラムや中国(元)の商人は、陸、海路で商業活動を展開し、そして諸文化を交流させたのである。ローマカトリックの価値観のみにあった商人たちが、他の文化を見て刺激を受け、ルネッサンスへ向かう。

 実は、キリスト教の布教も商人たちに便乗して広げたのであるから、商人を馬鹿に出来ない。商人たちは、宣教師の上手をいったのである。

 モンゴル帝国の支配下にあった東地中海、エジプト、黒海で結び付いたイタリアの小規模都市は、中継貿易で莫大な利益を上げた。それが、華麗なイタリア・ルネッサンスの誕生を促すのである。

 

 人間復興などというのは、後で付け加えたものであり、それも画策があったと思える。未だに、ヨーロッパでは教会権力を無視出来ない。哲学、思想もキリスト教、つまり神との対決、対座等々、神を無視出来ないのである。潜在意識に、その抑圧が残っているのだ。 ルネッサンスの別名は、解放改革である。教会も良し、しかし、世界は広い。この辺で、自分たちの納得する文化を生み出そうとする、本来の欲望が商人を始めとして起こったのである。その行為が、教会権力の外で行われた故に、人間復興などと言われた。価値観の多様化を体験すれば、当然そういうことになる。健全な精神である。

 モンゴルのことを少し言う。

 モンゴルには、馬頭琴がある。今でも、モンゴルで最も愛されている楽器である。

 形は、胡弓を大きくしたもので、二弦。棹の先に馬の頭が彫刻してある。四角な胴に馬の皮が張ってある。馬の尻尾の毛の弓で弾く。弾く時は、チェロのように立てて構える。 音色は、チェロに似ているが、丸みと甘美さはない。音量も少ない。ゆっくりとしたテンポの曲に使う。野性的な音を立てて、むせぶように、何かを訴えるが如く、渋い旋律を、時には、重圧な響きである。

 この馬の尻尾っぽが、実は、ヴァイオリン属の弦楽器の弓の弦である。

 また彼らは、羊が主食である。この羊腸がかつては、西洋音楽に欠かすことが出来ないものだった。つまり、弦楽器の弦である。

 だが、腸弦は、温度の変化に弱く、音量が少ない。また切れやすい。最近になって、鋼線を使うようになった。音質のデリケートさでは、勿論、腸弦にかなわない。特に、羊の腹子で作ったものは、最上とされていた。

 馬頭琴にまつわる、モンゴルのお話しは、割愛する。

 

 ちなみに、私は道産子である。

 今は、ジンギスカンが、こちらでも食べられるようになったが、昔は、北海道の人が食べた。羊の肉である。それをジンギスカンと呼んだのは、モンゴル人の主食である羊を、チンギス・ハーンに引っくるめて、ジンギスカンと呼んだ。

 羊の肉は、体を暖める。冬の御馳走であった。

 今では、ラムしゃぶなどもあり、薄切りのラムのしゃぶしゃぶは、また美味しい。その後のスープでラーメンを食べるとまた格別である。

 ジンギスカンと、タマネギ、もやしが最もよし。それ以外の野菜は邪道である。その意味は、ここで書かない。私のジンギスカンの奥義である。