新沈黙を破る 43

木村天山

 ルネッサンスの手前、14世紀は、混乱の時代だった。

 ローマ法王は、キリスト教世界の指導者であることに満足せずに、政治に干渉するようになる。その勢力は次第に増大していった。だが、フランス、イギリスは、ローマに服従することによって、救いを得るという観念を拒否し始めた。

 そしてフランスは、ローマ法王の支配から実権を奪おうと、アビニヨンに法王を擁立した。75年間、フランス人の法王がフランスに君臨したのである。仰天したのは、ローマ法王である。

 二人の法王は、共に自分の絶対的権威を主張した。この事態は1418年まで続き、結果的にカトリックの威信は急速に低下した。だが、それだけではない。

 十字軍の度重なる失敗も、ローマ法王の威信を低下させた。

 また、二つの出現しつつあった国家、フランスとイギリスの百年戦争もある。この戦争を終結させたのは、一人の少女だった。ジャンヌ・ダルクである。後で、触れたいが、忘れるかもしれない。フランスを救えという神の声を聞いた。そして聖母の信仰篤く、聖母を掲げて旗を振り振り、戦場で戦う。その後のジャンヌ・ダルクは、最終的には宗教裁判で異端とされ処刑されたが、どうしたのであろうか。興味がある。修道院に入ったのか、レズとして生きたのか。兵士の先頭に立ったのだから、それはそれは勇敢である。時に、少女に強力な心霊が憑依することがある。一種の憑依現象とも考えられる。

 さて、黒死病と言われたペストである。

 13世紀後半に、モンゴルの騎馬軍団は、野生のネズミが慢性的にペスト菌を宿している中国の雲南地方を支配下に置いた。いつの時代も不潔な中国から、病原菌が出る。

 そこでモンゴル人は、雲南地方からペスト菌を持つノミをモンゴル高原に持ち帰った。そのペスト菌は、中央アジアの交易路を西へと伝わり、ジェノヴァ商人の植民地、黒海のカッファに達したのである。

 カッファを包囲していたモンゴル軍の中にペストが蔓延すると、その病を流行らせてカッファの抵抗を弱めるために、死者を市内に投げ入れた。今で言えば、細菌兵器である。

 そのために、カッファでペストが流行し、そこから海の交易路に沿って西アジア、エジプト、イタリア半島から、ヨーロッパの中心部へと広がった。

 フランス、イギリスの百年戦争と共にペストが流行して、フィレンツェの人口などは、11万人から、4万5000人に減少したという。

 ペストはネズミが集まりやすい村落の水車小屋を拠点に、周辺の農村地帯に広がり、これによりヨーロッパの人口は半減、百年戦争も一時中断されるほどであった。

 恐るべきペストから、誰も守ってくれない。ここで、彼の西洋人も、少しは世の無常を思ったであろう。しかし、それを受け入れる思想的基盤は無い。

 キリスト教は、仏教と違い、人間の儚さ、無常を受け入れる器がない。兎に角、神の恩寵を言う。馬鹿の一つ覚えの、神への回心を言うのみ。万事休す。

 キリスト教思想は、ペストに対しての、肯定的思想は持ち合わせていない。当然、慰めもなく、励ましもない。望みもない。死んだ後は、天国に行くと言うだけである。

 教義、教理に何の力も無いことを、キリスト教徒は、嫌と言うほど知ったであろう。それ以後、教会への信仰は、惰性となり、今に至る。

 葬式仏教と言われる日本と同じく、カトリック教会は、葬式教会に至って、1500年、ああ、である。

 

 ちなみに、こう時期には、必ず予言者が現れる。いや予言者もどきである。人心を撹乱させる。あの有名詐欺師、ノストラダムスである。

 訳の分からない詩のような言葉の羅列で、悦に入っていたであろう。一端の予言者のように、未来を見通せるようなことを。実際、その言葉の羅列は、いかようにでも解釈出来るというお粗末さである。

 占い師くずれになると、いかようにでも受け取れる物言いをする。

 飛行機事故が起こる予感がする。何か、大きな被害が起こる予感がする。何事もなければ忘れ去られ、事が起こると愚かな人々が、当たったと騒ぐ、世の人々は、いつの時代も愚かな人々で占められていた。

 本を売るために、聖徳太子の予言とか、親鸞の予言とか、空海の予言とか、言葉尻を勝手に解釈して、恐ろしい予言遊びをする。当たれば、大当たりで有名になる。外れると、忘れ去られる。どうしたのでしょう、ノストラダムスの予言を紹介した人は。

 

 こうして、世の人々の多くが、無知蒙昧であることを知る。しかし、その当人は、そんな自覚がないから、おめでたく生きられる。そしてアホ面して、テレビを見て笑う。

 自分の顔を見て笑った方がいいと思うが、自分の顔を見て笑うことは無い。

 

 私を批判して、最後に「人が一番知らないことは自分自身である」という捨てぜりふを書いた者がいが、それは私が、自分のことを知らないと言いたかったのであろうが、書いた本人が、一番知らない。

 私は、よくよく自分のことを知っている。恐れ知らずの恥知らずであり、心にあることを言葉にする。心と口が分離していない。やると言ったらやる。やらないと言ったらやらない。千年に一度出るか出ないかのアホである。