新沈黙を破る44

木村天山

 ルネッサンスの音楽の主流はイギリスである。イギリス風と言う方があっている。

 百年戦争により、優勢だったイギリスの音楽が、フランスに入ってくる。

 ちなみにルネッサンスの最初はイタリアから起こるが、それは音楽より絵画、建築から爆発する。芸術は爆発だと言った岡本太郎だが、それがイタリアに起こったのである。イタリアルネッサンスである。

 

 音楽は、イギリスのダンスタブルなどがフランスに影響を与えた。彼は、イギリスの摂政であったベドフォード公ジョンに音楽家として仕えて、フランス生活を長く送った。

 フランスの作曲家は、そのイギリス風の新奇な特徴のある音楽を、素早く写し取ったといえる。

 中でもイギリス人の音の響きの楽しさである。普通のオルガヌムの平行五度とオクターブの代わりに、三度と六度を用いたのである。その甘美に響く手法をフォンブルドンという。そして和声である。叙情的性格の声楽と、すべての声部に同等な重要性を与えたものである。それに影響を受けて、宗教曲の祈りの歌に固執、固守せず自由に解放したということである。祈りの歌を装飾したり、変奏をつけたりするというパラフレーズといわれる手法である。

 ダンスタブルの影響を受けた、新しい音楽の中心は、フランス北部からベルギーにかけての地域である。その頃は、ブルゴーニュ公国という国が支配していた。今のドイツ、フランスの国境あたりから、ベルギーやオランダあたりである。

 そこから多くの作曲家が登場した。フランコ・フランドル楽派と呼ばれる。

 私の嫌いな作家に、フランドルの冬という作品があるが、それは、あの辺りを舞台にしたもので、やたら面倒な言い訳が続く小説である。彼は、それで文壇デビューしたはずである。成績優秀だが、アホな作家である。加えて精神科医である。ちなみに精神科医は、小説よりエッセイなどが含蓄があって良い。その作家のエッセイが、まともかどうかは、解らないが。

 ルネッサンス音楽の原点とも言えるフランコ・フランドル楽派の有名な作曲家に、ギョーム・デュファイがいる。次に登場したオケゲムである。

 何でもいいのだが、私はカタカナに弱い。本当に、名前に疲れる。

 第三世代は、ルネッサンスの頂点とされる「レクイエム」を書いたピエール・ド・ラ・リューである。そしてルネッサンス最大の作曲家と言われるジョスカン・デ・プレである。 「わが子アブサロン」「アヴェ・マリア」という宗教合唱曲、ミサ曲「パンジェ・リングア」等々、調和と優美な静けさという、ルネッサンスの音楽美学と理念が具現化されている。

 前期ルネッサンスの得意としたジャンルは、世俗歌曲のシャンソンで有名なジル・バンショワもいるが、無伴奏宗教合唱曲、ミサ曲とモテットである。ただし、この頃のモテットは、中世のモテットとは別物である。この頃のモテットは、自由な歌詞による無伴奏の宗教合唱曲である。ちなみに、中世のモテットは、グレゴリオ聖歌を低音において、その上に世俗歌曲を歌うものであった。

 もう一つ、面倒なことを言うと、定旋律である。

 中世は、既成の旋律を借りて曲を作るが、それがルネッサンスには、相当に変化するのである。ルネッサンスに作られた膨大な宗教曲は、世俗歌から旋律を借りて作られたのだ。 世俗歌、民謡から旋律を借りて宗教曲を書くという仰天である。

 今、宗教曲はいいねーーと言っている者で、このことを知っている者が少しでもいるか。 宗教曲を聴く自分に酔って、世俗曲など、そんな低俗なと言うアホ馬鹿間抜けは、このことを知らない。

 要するに、多くの人の心に響くものが、結局は大衆の支持を得るのである。

 私はクラシック音楽を聴く・・・と言うアホは、歌謡曲や演歌を低俗卑猥と思う。冗談ではない。日本歌曲も、歌謡曲、演歌、民謡等々から刺激を受けて出来たのである。

 中山晋平や野口雨情がいなければ、日本歌曲は、まだまだ遅れていたのである。彼らは、新民謡を作ろうとして多くの曲を作った。それが、歌曲の前進になり、山田耕筰をして、からたちの花を作曲させて、いよいよ日本の歌、日本歌曲が始動したのである。

 

 あるクラシック音楽家のバロック音楽についての記述を読んで、私は笑った。バロックとは、歪んだものという意味合いがあるが、そんなことは無い。実に美しい音楽である。歪んでいるとしたら、歌謡曲のような音楽であると言う。こういうのを、勉強不足と言う。歌謡曲の発生過程を知らない。まして、バロックの発生過程を知っていると思い込む当たりは、クラシック音楽に関わる者の無知蒙昧をさらけだしている。誰とは言わないが、大半が、その程度である。

 また日本で有名な音楽学者、権威のある者というが、私に言わせれば、アホ馬鹿間抜けである。その著作を読んで、笑う。要するに、理解していないことを書くから、文章になっていない。あれでは、学生が難しいと感じる。それは難しいのではなく、書いている本人が知らないからである。

 私の音楽史は、いかがでしょうか、ね・・・

 結構、継ぎ接ぎをして書いてる。兎に角、カタカナの名前が・・・ああ、である。