新沈黙を破る 47

木村天山

 大航海時代とは、航海技術の進歩であり、地中海、大西洋の商取引の活性化である。その主たるのは、ポルトガル、スペイン、イタリアである。

 探検家たちにより、アフリカ西海岸に沿って航海線が伸びた。1488年、バーソロミュー・ディアスが喜望峰に到達する。

 10年後には、バスコ・ダ・ガマの艦隊がインドのカリカッタに至った。往復2年以上、約170人の乗組員のうち、生還したのは、60人という厳しい航海である。

 しかし、そこからのコショウは、航海費用の60倍の富をポルトガル王室にもたらした。コショウは、防腐剤の役割も果たしたために、インドとの貿易は莫大な利益が見込まれた。

 その頃、コロンブスは、マルコポーロの伝えた、黄金の島、ジバングを目指したが。到達せず、バハマ諸島のグワナハニ島到着。その後、カリブ海のエスパニョーラ島をジバングと推定して、翌年に大艦隊を率いて向かったが、黄金は無かった。

 そのコロンブスが目指したジバング、という日本の歴史は・・・

 60年続いた南北朝の動乱を終えて、室町期である。

 しかし平和もつかの間、将軍跡目争いの、応仁の乱であるる

 1467年正月、管領家の畠山義就と畠山政長が武力衝突を起こすことから、応仁の乱の発端となり、25万の軍勢が全国から京都に集結した。

 この時代を下克上の時代と言う。下の者が上を侵すのである。それが戦国時代の幕開けにもなる。

 1480年頃からは、一向一揆と呼ばれる一揆が勃発し、室町幕府は、衰退してゆく。

 15代足利義昭は信長によって、辛うじて将軍の地位に就いたが、信長によって行動を制限されたため、信長打倒のために、毛利義元、武田信玄などの諸大名と密約を交わしたが、失敗に終わり、信長によって京都から追放され、室町幕府は崩壊する。

 そして世はまさに戦国時代に突入してゆく。

 

 鎌倉時代は、新しい日本の精神が生まれた時代であり、室町時代は、現代に続く伝統文化が生まれた時代である。鎌倉仏教に象徴される今に至る日本語の確立である。そして室町の爛熟した文化である。

 半島を通して中国から輸入された文化が、日本独自のものに成長する過程を、この時代は、象徴する。

 鎌倉仏教などは、日本仏教の原点にもなる。

 これは私の私感であるが、鎌倉仏教は、仏教とは似ても似つかぬ新宗教を生んだ。哲学という概念の無い時代である。自己表現は、仏教の言葉、思想を通して表現されたといえる。仏教から、全く異質の思想を生み出したと、私は考えている。

 それを仏教と、一くくりにして考える、今までの歴史学者の怠慢を笑う。

 鎌倉仏教ではなく、日本、新宗教誕生時代であろう。

 念仏にしろ、題目にしろ、ブッダが聞いたら、仰天するような方法での救いを説くのである。そして禅宗の全盛である。禅宗とは、中国仏教のもの。インドから流れてきた仏教が、禅宗により、変質したことを誰も言わない。

 中国思想の饒舌を反省する意味から、不立文字として、宗派の教えを言葉にしないという黙する仏教を創作したといえる。しかし、膨大な禅宗の著作は何を語るのか。不立文字とは、名ばかりでウソである。その証拠に、物事は、単純明快であるが、禅宗になると、あたかも深遠な精神世界を言うが如く、複雑奇怪にして、ろうろうとしている様は、無様である。そして、今では、葬式仏教と相成ってしまったことに、反省も内省も無く、のうのうと僧侶として生きている様には、仰天する。

 禅語録は迷いの言葉である。私には、無理して迷う姿しか見えない。そして悟りという言葉である。座禅をして悟るとは、見事にウソである。

 人生に大悟することは無い。人生は、悟り続けて生きることであり、大悟など有り得ない。ブッダは悟り続けて生きるために、心の有り方、生き方を説いたのである。

 いかに、心が宇宙大に広がっても、日々の生活を生きることの大切さを、淡々として行為したのがブッダである。

 ブッダが一言も言っていないことを掲げて、仏教だとは、笑わせる。