新沈黙を破る 57
木村天山
ルネッサンスからバロック音楽へと移行するのは、1600年前後である。
その橋渡しをするのが、クラウディ・モンテヴェルディである。(1567〜1643年)二つの時代にまたがる音楽史の巨匠である。
その最大の特徴は、不協和音である。彼は、それを徹底的に極めた。不協和音とは、和音に対する意識があってのもの。つまり、それらは、当時に同義となる。
15世紀の音楽は、滑らかで流れがうねりになっている。それが柔らかく解け合う。しかし、16世紀の音楽は、和音によって、音楽の垂直軸が目立つのである。
それをサウンドの発見という人もいる。
モンテヴェルディは、初期の頃、ルネッサンス風のポリフォニー作品を発表していた。40代から、モノディー様式によるオペラ、教会音楽、世俗音楽を発表し、バロック音楽の先駆けをするのだ。
いよいよオペラの登場である。しかしその前に、しばし、オペラの前身をみる。
ナポリ近郊に住む、貴族ドン・カルロ・ジェズアンドの宗教曲は、前衛的な不協和音を駆使し、時に無調に聴こえたものだった。
彼により、音楽は、美から表現するものになった。
美とは、協和したもの、表現とは、不協和である。
ここで、美学の問題になる。
美とは、何かである。協和したものが美であると意識するのは何故か。そして、表現するということが不協和であるという意識は、如何なるものであるか。
「美」という考えには、極めて多くの複雑な要素が含まれてある。「美」を定義することは難しいのである。
協和したものを「美」として感じるものは何か。それは調和であろう。だが、それを調和と感じるものは、どこからくるのか。「ドミソ」の和音は、一つの音に、他の音が含まれているゆえに、和音と言われる。つまり、「美」とは、同じものの連なりと考えることが出来る。ちなみに、同じ文字を連ねて見ると、それは美しく感じる絵画になる。同じものの連なりだからである。
「美」とは、同じものという意味である。違うもの、別のものは、美として、意識されない。芸術における美意識は、異性でも同質のものである。同性でも異質のものは、美という意識を生まない。
では、不協和音を表現するという場合、それは芸術の試みと同義である。表現するという行為は、試みの行為である。それは人生に似る。生きることが、表現するということと同じ意味になる。人生は芸術であると言われる所以である。
であるから、モンテヴェルディのイタリア語のマドリガーレが、凄い試みだったのだ。無伴奏合唱曲の形を守っているように見えるが、不協和音や半音階を頻繁に用いている。そして、音楽を過激なまでに、リアルに表現しようとしたのである。試みである。
ルネッサンスのモテットは、滑らかな旋律が幾重にも重なり合う。先に言った、同じものの連なりである。それを美として意識する。
モンテヴェルディは、歌詞までも過激なものを選んだ。挑戦である。芸術の試みは、こうして表現される。ポルノまがい、エロまがいの歌詞を使用したという驚きである。あの時代にである。
音楽は、再現芸術であると、のうのうとしている現代クラシックの音楽家は、馬鹿アホ間抜けなのである。特に、それは日本のクラシック界に言える。
それでは、現代音楽をというのではない。
結局、ルネッサンスも、バロックも、クラシックも、古典派も、何も超えられない。再現するだけで精一杯であり、そこには創意工夫も無い。
千利休は、茶の湯の極意を、創意工夫と言う。芸とは、創意工夫である。それが芸術にあるものの試み。試みが芸術である。
そこに当然、保守派の批判、非難が起こる。保守とは、新しいものを生み出すための産婆役をするものの総称である。
保守派がいるからこそ、新派が活動出来るのである。批判や非難を受けずに、新しいものは生まれない。生まれるということは、苦難を伴う、苦痛を伴う。それでこそ、新しいものなのである。
モンテヴェルディと保守派の論争から、新しい音楽表現のバロックの幕が開く。
感動である。
それを日本の音楽家は、バロック音楽と銘打って、演奏やら、声楽を成すが、感動がない。彼らは、私は知っているという安心立命にたって、狭い世界のバロックを再現しようとする。だから、人は感動しない。感動する者は、一部である。
私は知っていると思い込む者によって成る。知っているという思い込みとは芸術に遠い。 芸術の思い込みは、新規発見である。新規創造である。新規創作である。
要するに知らないということを知らないのである。だから、美しい音楽とばかりに追求するが、産みの苦しみを知らない者に、良い演奏が出来る訳が無い。
私が彼らの音楽を白痴美人と称する訳である。