新沈黙を破る 58

木村天山

 バロック音楽へと移行する前に、書いて置かなければならい哲学と、歴史がある。

 それはカルヴァンの思想と、宗教戦争である。

 社会の変革期には、経済的生活よりも、もっと影響力の強い、言葉の世界、つまり哲学

の思想の変革があるということだ。

 ルターの宗教改革は、経済的先進地帯であったライン川沿岸の諸都市を刺激し、続々と宗教改革を行っていた。

 民衆は、カトリック教会になだれ込み、祭壇を破壊、偶像や聖遺物を焼き捨て、司祭たちを追放した。いかに、民衆がカトリックの偽の権威を見抜いていたかということである。 この日本の仏教系の寺が、焼き打ちに合わないのが、私には解らない。全く、宗教から離脱して商売と成り下がっている仏教という名の偽宗教団体を、よくぞ、このまま放置していると、半ば、呆れて私は見ている。

 日本仏教会などという組織は、全くの詐欺ペテンである。日本に仏法が無いということは、時事放談にて、これから何度も書く。そちらを読まれよ。

 

 1536年、520ページばかりの「キリスト教綱要」が、パーゼルで出版された。26歳の青年カルヴァンが書いたものである。

 第一編では、神と人との認識について。第二編ではキリストを論じる。第三編では、信仰を。第四編では、救いの外的手段、教会と国家を語り、カルヴァンの命題は、神の至上の栄光と人間の無についてである。

 カトリック教会の秘跡に対する救いに、徹底的に対抗している。そして、時代遅れになったキリスト教、カトリックの倫理を新しい社会に適合するように再構築した。

 とにかく、権威ぶった決定、伝承、慣習を切り捨てた。淡々として合理的に説明する様は、時代を写す。

 カルヴァンの思想は、ブルジョアジーの共同体結成と、権力獲得のために大きな貢献をした。それ程、カトリック教会は、落ちぶれていたのである。幻想の権威にあぐらをかいていたといえる。

 ルターが、見えない教会の理論を進めたのに対し、彼は、見える教会の理論を作った。つまり、改革の保守とルターはなったのである。カルヴァンは改革の革新をいった。

 ルターは漠然とした教会のイメージを持ち、皆、司祭であり、信徒であるとしたが、カルヴァンは、選挙により、牧師、長老、教師、執事と民衆、信徒の意志は、神の意志であるとした。しかし、最後に「人は君子に従うより神に従うべきである」と、君主が専制的、暴力的であれば、人民の抵抗権があるとした。この思想は、ロックやルソーに受け継がれてゆく。

 

 ヨーロッパの至るところで、ブルジョウジーは、カルヴァンの神の法、つまり自然法を根本において、封建的権力であるカトリック教会に戦いを挑んだ。

 そして、合理的な神の認識と、法の支配、自由、平等、民主主義、私有財産の尊重、労働の規律という倫理思想の骨組みを作り上げた。

 これは新しい世界観というべきものである。

 ただし、私は批判する。

 カルヴァンは、聖書中心である。それはルターも同じである。聖書を根拠とする。

 私は聖書を根拠としない。

 聖書を唯一絶対なものという、幻想からは逃れなれなかった。カルヴァンも聖書教授である。

 神と人間の在り方を、旧約聖書の創世記から解釈しているあたりは、結局、聖書から逃れられないのであるということを証明する。今に至るまでである。

 聖書に根拠が無くなれば、どうなるのか想像すると、西洋思想は無くなる。結局、ギリシア思想に立ち戻らざるを得ない。

 それは、神は死んだと言うニーチェでさえもである。

 聖書の神という概念と観念で、すべての思想は成り立つのである。それを念頭に置かなければ、西洋の哲学も思想も無い。

 カトリックの封建的権威も恐ろしいが、後に、プロテスタントのキリスト教原理主義も恐ろしい。

 これは、ユングが言うところの集合意識であろう。西洋の民族意識に埋め込まれた集合意識が、聖書の神なのである。

 どう足掻いても、彼らは、そこから逃れられない。

 

 未だに、アイルランドではカトリックとプロテスタントが争う。宗教戦争は、今も続いているという仰天である。