新沈黙を破る 61
木村天山
さて、バロック音楽に入る前に、日本におけるクラシック音楽の意味と、イメージを考えてみる。
私がクラシック音楽として意識ししたのは、中学生の時である。ブラスバンドクラブに入っていた友人が、ドヴォルザークの新世界を聴けと、一緒にレコード店に行って買ったのが最初である。その中に、スメタナのモルダウも入っていた。
それを時々、聴くようになったが、その前に、私はカトリック教会で、クラシックの親であるグレゴリオ聖歌に連なる歌を歌っていたという不思議である。
クラシック音楽は、いいものだと素直に思った。が、しかし、学校の音楽の授業は、とてつもなく退屈なものだった。音楽の先生が、一人で勝手に悦に入って喋っているというイメージしかない。
その、気取った話振りは、私に、クラシック音楽を理解する、知っているということは、凄くプライドが高くなるものであると思わせた。
時々、聴かせてくれるベートーベンや、モーツァルトなどの音楽は、とても素晴らしいものであり、それを理解することを求められ、素晴らしいと感じることが、大切なのであるというイメージである。何も、よく解らないが、兎に角、素晴らしいと思い込むことを教えられた。
私の音楽の成績は、小中学校を通して、最低ラインであった。何故、そうなのか、今もって良く解らない。
音楽の先生が、何を伝えたかったのか、良く解らないのである。
クラシックという言葉は、ラテン語、クラシクスに由来する。それは、納税者階級に属する者であり、転じて、模範的なもの、真面目なものという。
ビールにもクラシックと使用されていることから、第一級という意味もある。
音楽で言えば、軽い音楽ではなく、重い音楽、つまり、芸術性高く、普遍的価値を持つものという意味に至る。
正統で高尚、かつ、芸術性を重んじた音楽、それをクラシックと言う。
本当だろうか。
つまり、西洋音楽は、民族音楽と切り離された、芸術音楽の歴史から生まれたものであるという、学者もいる。
西洋音楽は、教会、修道院、宮廷、サロンにある一握りの人が作ったものであり、社会全体に視野が及ばない特殊な歴史を持つ、様式上の変化を繰り返し、出来上がった音楽であるという。
確かに、クラシック音楽は、一般人と関係ないところで、作られた。また、それなりの教養のある人々によって支えられていたと言える。それなりの教養ある人とは、生活苦のない人々である。食べるために、必死にならなくても良い人。搾取して成り立つ人。
そして教会である。これについては、至るところで書いているので省略する。
ある人はクラシック音楽を、普遍性を重んじ、民族的、地方的であるより、一般的、国際的であると言う。
それは、私に言わせれば、西洋音楽の植民地化であろう。
確かに、楽譜に書かれた、設計された音楽である。それを、国際的というとは、どういうことか。つまり、音楽の侵略である。大航海時代に、バッタバッタと未開の土地に、土足で上がり、その土地の人を皆殺し、あるいは、奴隷としてこき使い、さんざんに利用して、最後は、キリスト教の神を拝ませ、そして文化行為として、西洋音楽を学ばせた。それも無理やりである。勿論、日本のように、自ら、西洋を学び、何でも取り入れようとした国もある。
ここが、問題。
つまり、日本は、西洋音楽を、学んで成り立ったのである。音楽は、学ぶものであった。これは画期的なことである。
日本の音楽は最初から職業として修行する、師匠について芸を取得するのである。しかし、西洋音楽は、まず理屈を学ぶのである。
そうして、設計された音楽を芸術音楽だと考えると、民族音楽や民謡のような音楽は、除外されるということである。
本当だろうか。
芸術とは、何か。
ここで、芸術哲学が必要になる。
芸術音楽は、民衆の音楽であったことは、一度もないという事実を、今、明かにしておかなければならない。
ある有名ギタリストが、クラシックは誰でも聞ける音楽ではないと言った。それは正しい。しかし、彼の人も、コンサートでは、招待券をくばりまくり、満席にするという仰天である。
さて、学んで成る音楽、クラシックは格調の高いもの、格式の高いものと認識される場合もある。ある、アホな二期会のソプラノが、クラシックは、それなりに格式のあるものですと言う。その格式の高い中で歌う私は、凄いと思っているのであろう。
ここで、私は言う。
民族音楽、民謡などが、クラシックより劣るということは、全く無い。クラシックの発生過程で、紙という貴重なものに書き記す楽譜を有する人々の音楽であったということは、歴史的事実である。しかし、それが他の音楽より、格式や、格調が高いとは、誰も判断出来ない。判定する何物もない。
記録されたもの以外は、無いと誰も判定することは出来ない。そして記録されたということは、記録出来た、特別な人がいたということであり、それらは、上流階級に属する人達であったということだ。
記録されなかった、素晴らしい音楽も多々あったであろうと想像出来る人は、謙虚である。極めて言えば、クラシック音楽に象徴される西洋音楽もまた、ある地域の、ある民族の音楽であったということである。
カール大帝のフランク王国、つまり今のドイツ、イタリア、フランスの民族音楽である。 アイヌ民族の音楽、琉球民謡、インディアンの音楽、バリ島、インドネシアのガムラン、アボリニジのディジュルドゥー等々、皆、優れて良い音楽である。
時代は、変わった。大きく変わった。
今、イギリス、アメリカ主導のポピュラー音楽の時代である。
日本では、どうか。日本語の意味不明な音楽が流行して、極端に日本語の語感が失われようとしている。そしてその語感ということさえ、意識されない時代である。
だが、反復という歴史の奥義がある。
それはまた、創造の世界である。
世界は、一点も動き無いということはない。常に流れている。人間も生きているということは、動いているということである。死は、不動である。
20世紀の現代音楽も、次に進む。21世紀の世界的音楽は、どのようになるのか。
あの、ビートルズも、古典的名曲になってきた。
クラシック音楽家は、そろそろ創意と工夫を持って、対処しなければならない時代である。日本のクラシックを創るという意欲が求められる。