新沈黙を破る 64
木村天山
一般的に音楽史の時代区分が、美術史から成るものであることを知る人は少ないようだ。 ルネッサンス美術に対して、ルネッサンス音楽、バロック美術に対して、バロック音楽というようにである。
これは、どういうことであろうか。
音楽学者のアホ振りをさらけ出しているとみる。要するに、自分たちでは、どうも心もとないのであろう。
今でも、音楽史の時代区分が、定説化されていないという。それでよくぞ音楽学者とは、笑いものである。
ちなみに、バロック音楽と最初に使用したのは、1919年、クルト・ザックスの論文であり、彼は大学時代に、美術史を専攻していたという。
音楽学者の意見を聞きたいが、日本に、そんなことを聞ける学者はいないであろう。志なく、先生になっているだけで、実際大切なことは、棚に上げたままである。哀れというしかない。
そこで、バロック美術に、少し寄り道する。
その前に、バロックの意味である。
語源は明らかではないというが、ポルトガルの真珠商人たちの符丁である、バロコからきたという説がある。意味は、大型のいびつな真珠という。そこから、いびつなとか、大袈裟、仰々しいという意味に取られた。良い意味ではない。
ただし、ドイツ系の美術史家たちによって、肯定的な雰囲気で、バロック美術と呼ばれ、それは16世紀末から18世紀初頭にかけての、西洋美術の時代様式を示す言葉となった。
それでは、ルネッサンスと、バロックの美術の違いは、何であろうか。
ルネッサンスの代表選手は、レオナルド・ダ・ビンチである。その作品、モナリザを見る。静止した純粋な美の世界である。動きが無いというのが、特徴である。それではバロックはというと、非常に動きのある、それこそ仰々しい作品である。ベルギーのルーベンスの「レウキッポスの娘たちの略奪」を見ると、それはそれはすべてが動いている。
つまりバロックは、人間のみならず、すべてのものの動的姿を捕らえたものである。ある人は、ドラマ的という。
とすれば、バロックこそ、芸術的な考え方はないといえる。静止せずに、動くとは、生きるということである。静止は、死である。
ルネッサンスは、まだ中世の教会のイメージをもって世界を捕らえていた。少しばかり、成長したのであるが、文芸復興とは、名ばかりである。誰が、文芸復興と言ったのか。馬鹿馬鹿しいので、詮索はしないでおく。
音楽では、バロックの代表選手は、バッハであろう。その、マタイ受難曲は、最大の劇音楽と言えるし、多くの人も、そう言う。
だが、音楽ではルネッサンスで遅れを取ったイタリアが、バロック音楽の誕生の地であろう。他の国は、イタリアの音楽要素を受け入れて、それぞれの民族色を反映した、独自の音楽を作り出していたと言える。
バロック音楽とは、イタリア音楽から派生した主題を、フランス、ドイツ、イギリスが、変奏したと言ってよい。
イタリアで活躍した音楽家は、オペラではモンテヴェルディ、アレッサンドロ・スカルラッティ、オルガン音楽のジローラモ・フレスコバルディ、チェンバロではドメニコ・スカルラッティ、ヴァイオリンではアルカンジェロ・コレッリ。
フランスでは、イタリア出身のジャン・バスティスト・リュリ、フランソワ・クープラン、ジャン・フィリップ・ラモーらが、オペラ、バレー音楽、フランス特有の器楽音楽などのジャンルで重要な音楽を残している。
市民革命後のイギリスでは、ヘンリー・パーセル、ドイツでは、プロテスタント教会、オルガン音楽での独特の展開を見せた。ハインリヒ・シュッツ、ディートリヒ・ブクステフーデらである。
それが、バッハと、ヘンデルに集大成されてゆく。