新沈黙を破る 66
木村天山
オペラの創始者は、16世紀のイタリアに成長した多くのアカデミーの一つであった。 カメラータというグループは、フィレンツェに会合した。
彼らは、古代ギリシア悲劇を復活させることにエネルギーを費やした。その中の一人は、科学者ガリレオの子である、ヴィンチェンツォ・ガレリイは、1581年に、ルネッサンスのポリフォニーは、歌詞の意味を性格に表現し得ないから、新しい音楽に取って変わられるべきであると宣言した。
それは、言葉の自然な抑揚を模倣して、単純な和音によってのみ支えられる、単一の旋律線から成り立つものである。
散文の自由なリズムを追う劇的朗読が、レシタティーヴォとして知られている。
そして、旋律的関心を一つの声部に局限する作曲の様式を、モノディと呼ぶ。それが、通奏低音と呼ばれる、バロック音楽の特徴になる。
和音は、独自の性格を持ったブロックとみなされたのである。
音楽は、多くの異なる旋律から織り成すものではなく、旋律、低音線、そして、和声の充実と考えられた。これは、音楽観を一変させたといってよい。
現存する最初のオペラ、エウリディーチェというカッチーニの作品は、主として、レシタティーヴォの長いつながりから成り立って居る。このレシタティーヴォは、一定の歌曲を連想させる、単純な形式パターンに固定してゆく。
そしていよいよ、本格的に、レシタティーヴォと共に、旋律的な歌、短い舞曲、器楽間奏曲と共に、それらの要素を取り入れて出来上がったのが、モンティヴェルディのオペラであった。
フィレンツェの作曲家たちの、極めて教条的なものと異なり、モンティヴルディは、その時代のあらゆる様式と、技法をオペラに凝縮したのである。
彼の「オルフェオ」「オデュッセウスの帰郷」「ポッペアの戴冠」は、オペラの手本となった。
モンティヴェルディの斬新さは、言葉が音楽を支配するということである。
不協和音や、半音階を多用に用いて、時の音楽家たちと、論争している。
歌詞内容よりも、音楽を優勢した、オケゲム、ジョスカン、ヴィラールトに至る優美な音楽を否定したのである。
モンテヴェルディの、微かな耳障りな音、これこそが、新しい時代への音楽の道になった。
ちなみに、日本の場合でも、日本語の歌詞の発音通りに、新しい日本の歌を作ろうとした、滝廉太郎や、山田耕筰などの気迫を思い出す。
時に、西洋音楽のメロディーに、日本語を当てて歌っていた頃の話である。
これではいけないと立ち上がる人によって、新しい世界が開ける。
現代の我々が音楽であると思う、その基本要素が出来上がったのが、バロック期である。音楽の基本ルールともなるのである。
中世末期から、ルネサンスにかけて、おそるおそる使用されたミの音が、バロックになり、例外なしに、ド、ミ、ソで閉じられるようになるのである。
今、当たり前であることが、当たり前でなかった時代の先駆けを行くのは、勇気と、希望を持って進む者が、手にする。そして、変容させるのである。
現代音楽の発生をバロックと置いてもよい。
長い年月をかけて、生成発展する。その歴史を鑑みてこそ、芸術活動の深い意味が理解出来るというものである。
何事も、一朝一夕に出来るものではない。
そこにはまた、楽しく、時代の礎石になった人も数多くいる。
バロックから古典派へ至る道の音楽を、今、クラシック音楽として享受しているのが、我々である。
そしてロマン派と生成発展して、今に至る。
知らないことは無いことである。しかし、知らないでも、在るものは在ると考えることが出来る人は、幸いである。
それを、総称して謙虚という。
謙虚さを身につけることで、辛うじて、芸術活動に参加することが出来る。
ひとつの歌が出来上がるまでに経た年月を感じて歌うのと、単に歌を歌うのとでは、天地の差が生ずるのである。