新沈黙を破る 67
木村天山
バロック音楽は、クラシック音楽の誕生である。
ここから、今のクラシックが始まった。
それ以前の音楽を古楽と呼ぶ。数年前から、この古楽が流行し出した。それはまた、想像、創作の世界であった。
これこそ古楽と言えないところが、ミソである。誰もが、勝手な解釈で、これこそ古楽であると言えるのだ。
以前にも言ったが、美しい調べは、美しいというだけで、白痴美人を思い出すような、グループの歌が多い。
古楽でございと、傲慢になっている様が、哀れであった。
実は、誰も古楽など知らないのである。まして、楽器にしても、当時のものと違う。であろうが、であったという、心境は信仰に似る。
別に、聴く人が楽しめれば良いが、それ以上ではない。彼らは、主に、教会でコンサートを開催する。あたかも、敬虔なクリスチャンの如くである。
さて、バロックでは、ヴィヴァルディ、ヘンデル、そしてバッハを語れば、済むようなものであろうが、バッハの曲は、その死後に広く認知されることになった。
バッハを再発見、再認識したのは、1829年にメンデルスゾーンが「マタイ受難曲」を演奏してからである。いずれ、そのことは書くことにする。
1750年7月28日、65歳で卒中により死亡したバッハの、この年がバロックの終わりとなる。
西洋音楽は、およそ150年周期で変動している。
音楽のバロック期を歴史と重ねると、絶対王制時代に重なる。歴史を無視出来ない訳である。
バロック音楽のジャンルは、受難曲、オラトリオ、カンタータ、合奏協奏曲、トリオ・ソナタ、舞曲組曲がある。しかし、これらは、19世紀以降は消滅したものである。
現代の馴染みの、交響曲、弦楽四重奏は、18世紀後半のウィーン古典楽派の時代のものである。以後引き続き、現代に続いている。近代の音楽が現代に続いているが、カンタータ、コラールは、現代とは断絶しているのである。
その断絶を解くことは難しい。
例えば、オペラのカストラートの復活は無理である。カウンターテナーが、それを補おうとしても無理がある。ファルセットでは、絶叫できない。また、宮廷音楽なるものも、無理である。そういう状況を生み出せない。
僅かに、古楽なるものとの名で、コンサート活動をする程度である。つまり、支援者がいない。コンサートのお客では、支援者にならない。膨大な財産を賭けて貰わなければ、優雅で大層なものは、生めない。無駄だと思えるものに、財を費やす、大馬鹿者がいなければ、芸術というものは、開花しないのである。
貧乏人が、何人寄っても、精々なのである。芸術とは、大いなる無駄。それをそれとして、無駄を受け入れる時に、芸術の爆発を引火するのである。芸術とは、そういうものである。
ただし、個人的に、人間としての芸術活動は、それとして意味のあることであろう。無くてもいいものに、命を賭けるということは、死ぬまでの暇潰しに大層良い生き方である。
支配者の必要に応じて成る芸術もあれば、個人の生き方としての芸術も在り得る。
芸術音楽というものを、もっと突っ込んで考えてみたいのものである。
さて、そのためには、この時代の哲学や思想を観ることは必要不可欠であろう。
面倒臭いが、それらを鳥瞰することにする。