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ある物語 9 

ある物語

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論文集

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第九話


私の部屋に遊びに来た頃なのだろうか・・・
藤岡は、私にクラシック音楽の話をして、更に音楽の道に進みたいと話していた。
 
それが、どんどんとエスカレートして、仕事を辞めて音楽の道、つまり声楽家を目指したいと言うのである。
そして、仕事を辞めるということについて相談してきた。
 
その時、私は藤岡の仕事の内容から、声楽レッスンなどの話しを詳しく聞いた。
知らない世界は面白いが、それよりも、藤岡がせっぱ詰まっているのを感じた。
 
後で気づくが、藤岡は30歳を過ぎた頃である。
それが、声楽家の道に入るということが、どんなことかを知ることになる。
 
東京から札幌に指導に来ている先生に、月に一度ついてレッスンを受けていた。
その先生曰く、東京に来い。君なら、やって行けるといったと言う。
 
その後、仕事を辞めるという段取りまで相談に乗った。
所長が、中々辞めさせてくれないと言う。
更に、本社からも止められた。
 
その頃、はじめて私は占いをした。
藤岡の歌の道についてである。
易占をした。
 
それを、藤岡に話した。
とても、大変なことだ。
最低、五年は辛抱の年で、その苦難に耐えられるか・・・
 
僕は、それでも、やりたい。
そして、ところで、木村さんは、どうするの・・・と、尋ねる。
えっ
木村さんは、このまま札幌にいるの・・・
 
いや、実は、と話したいところだが、暫し戸惑った。
 
実は、私は札幌から出ることを、考えていたのである。
そして、鎌倉に住み・・・
 
その冬は、特に寒さを感じた年で、もう、この寒さに耐えられないと、思ったこと。
更に、新しい目的に進みたいということ。
それが、文化的行動でも、占いでも、札幌では、もうやるべきことがない。また、限られる・・・
 
住むに良い街だが、矢張り、古さ、つまり伝統には叶わないのである。
家元たちが札幌にやって来て、札幌は遅れているとの話を聞く度に憤然とした。
 
皆々、新しいことに挑戦するが、途中挫折して、結果ニューヨークなど海外に出る人が多かった。
 
私も人生を、どこかで変更したいと思っていたのだ。
であるから、兎に角、出るべきだと。
 
それを藤岡に言った時、藤岡の顔色が変わった。
木村さんが一緒なら、僕も心強いと言う。
 
それから、仕事を辞めるための方法を常に話し合うことになる。
 
年の瀬が迫り、師走の忙しさが街を包み込む。
 
私は、新年が明けたら、一度、北海道の実家に帰り、喉頭ガンの手術を終えた父と逢いたいと考えていた。
それまでに結論を出す。
父には病院で、そのことについて話しておいた。
お前のことだから、止めても駄目だから、好きにするといいと父が言う。
 
弟が家業を継ぐので、その心配はなかった。
 
その、藤岡の問題の中で、浮上してきたものがある。
それは、藤岡と結婚したいという女性との関係である。
 
問題が複雑になってきたのである。
 
その女性とは一緒にニューヨークに旅に出ていると聞いた。
とても、自分を理解してくれる女性であると。
 
仕事を辞める。東京に出て声楽家を目指す。
そして、結婚か否かである。
 
突然のように、それが私に覆いかぶさってきた思いがした。
 
兎に角、その頃は、私に話しをするしか方法が無かったようである。
 
新年を掛けて、その話し合いが続いた。
深夜、電話が来ることもあった。
 
そして、更に本社から東京に出て来ても、藤岡の専用の部屋を作り与えるから、辞めないで欲しいとのことを聞いた。
 
仕事をしながら声楽のレッスンをすれば、いいとのことである。
 
僥倖であると私は思ったが、藤岡は意外なことに、それを拒んだ。
僕は、声楽家として立って行きたい・・・
仕事をして趣味の歌は歌えない・・・
 
つまり、命懸けということなのか・・・
私は、一人そう思った。
 
だが、知らない世界ではあるが、私も大変な苦労をした。
華道や茶道で教えるまでに、時間とお金が相当に必要である。
更に、デビューするとなると・・・
 
私は、その世界のことを知らない・・・
それが、不安だった。
だが、まだ二人共に若いのである。
 
まだ、何かに挑戦する事が出来ると考えた。
 
その冬は雪の量が多く、道の両側には積もった雪が一メートル以上にもなった。
その中を、藤岡が私の部屋から帰るのを見送った。
 
そして、私は、さて私が移動するとなると整理すべきもの、ことが沢山ある。それを、どうやって進めるかと考えた。
何せ、15年ほどの整理である。
 
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