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ある物語 21 

ある物語

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第二一話
一年は、365日である。
その一日が、長い日もあれば、短い日もあり、しかし一年は早い。
 
過ぎてしまえば、短いのである。
 
何事もなく、流れ去った日々もある。
 
藤岡とは、時々レストランや、喫茶店に出掛けた。
本当に少ないが、そういう日もあった。
藤岡のお母さんを誘ってと言うが、藤岡は、母はレストランとか外で食べるの嫌な人なんだ、と言う。でも料理は下手でおいしくないけど。
 
だから、いつも二人である。
 
鎌倉駅まで、歩いて15分ほどであるから、そちらに向かう。
中華料理の店のあるビルである。
 
ランチタイムの時間帯だから、客が多い。
そこで、少し時間をずらして行くことにする。
 
二人用の半個室に入る。
メニューは毎日替わる。
 
それぞれ別なものを注文して一緒に食べる。
私は、食べている最中から気分が悪くなる。
パニック障害による抑うつと不安感である。
 
出来るだけ、それを表さないようにする。
 
それだけのことでも、薬が必要だったが、あまり薬を使用しなかった。
本当は、薬によって楽になり、その楽な感覚を当たり前にすることだとは、後で気づく。
 
ゆっくりと二人で食べて、また部屋に戻る。
何せ、セットメニューなので飲み物も付くので、喫茶店にも入らない。
 
駅周辺には色々な店舗があり、思い出せば結構な店を回った。
三年も住めば、おおよそ小さな鎌倉であるから、一通りは見た。
鎌倉といっても、旧市街であるから狭い地域である。
 
また、藤岡とよく入ったのは、部屋の近くの、これまた中華料理の店である。こちらは、庶民的な店で気が楽だった。
 
そして、部屋の近くにあるケーキ屋さんである。
そこでは、コーヒーや紅茶とケーキのセットがある。
 
藤岡は甘い物が好きで、ケーキセットを頼んでいた。
私は、嫌いではないが、飲み物だけである。
 
藤岡が、酒を飲み始めたのは、横浜に出てからである。
札幌の頃も飲んでいたが、僅かな量である。
 
横浜に来てから、藤岡は強い酒が好きな事が解ったので、驚いた。
本人も知らなかったようで、僕、本当はお酒に強かったんだと言っていた。
 
レッスンに出掛けない日は、大半の時間を私の部屋で過ごしていた。
そして、昼ご飯と夕ご飯を食べて帰る。
 
藤岡の母親は、毎日出掛けているということで安心していたという。
どこかに、仕事に出ていると思っていたようだ。
 
母と二人でいると、喧嘩するから丁度いいんだと藤岡が言う。
 
時々、藤岡の母は、お金がないとこぼして藤岡と喧嘩をしたという。
お金がないのではなく、お金が無くなる不安だと思うが、そのようだった。
 
母には、小遣い程度のお金を渡していると、言っていた。
買うものは、食料品だけであるから・・・
 
私も何度か、藤岡の部屋に行った。
お母さんが、紅茶を作ってくれる。
それが、また甘いのである。
 
蜂蜜を入れて、ミルクを入れたものである。
 
藤岡が歌の道を行くというのに対して、好きなことをしなさいと勧めた母親である。
母は、嫌なことは、しなくてもいいと藤岡が言うが、いつも、それじゃあどこから、お金を得ていると思っているのだろうかと、笑った。
 
じゃあね、と藤岡が母に言って、私の部屋に来る。
 
たった三人の生活だった。
まりちゃん夫婦が来てから、私たちは、人の関係が広がった。といっても、少ない。
 
私の、いけばなのお弟子さんに、大学時代の友人だという方が大船にいたが、会うのは数度だった。
そのお宅に招かれたことがあったが、それ以上の関係はなかった。
彼女は大学で英語を教えていた。
ご主人とお嬢さんの、三人暮らしである。
 
その近所に、札幌から来たという人がいて、私のことを覚えていたので驚いた記憶がある。
 
丁度、私が札幌でテレビに出ていた頃に、札幌で暮らしていたらしい。
 
その方が言うには、こちらは暑くて、冬は寒くて嫌だといっていた。
確かに、私もそう思う。
冬の寒さとは、室内の寒さで、北海道の冬の室内は、とても暖かいのである。
要するに、暖房設備が違うのである。
 
夏の暑さは、初めての経験をした。
暑いのか、暑くないのか解らなくなるのである。
夜も、暑さで、寝られない。
エアコンの風が嫌いで、私は冷風機というものを買った。
扇風機より、弱い風で、水を入れて使う。
 
藤岡も、時々、私の部屋に泊まっていた記憶がある。
何事もない日も、生きていた。
思い起こせば、ゆるやかな日々だった。
 

 
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