6日の朝、六時前に目覚めた。
少しぼんやりして、七時になったら、ホテル前のテラスで、コーヒーを飲むことにする。
そのまま、そこで朝食にすることもありだ。
明日は、バンカート学校敷地内にある、慰霊碑に、出掛ける予定だ。
そのための準備は、日本でしてきた。
何となく、予定を確認する。
今回は、特別に、野中が友人になった、タニャンさんという人の、お宅にも、行くことになっていた。
そこで、新しい家に住んで一年を経て、家の清め祓いをして欲しいとのこと。その後で、家族との食事である。
バリ島の時もそうだが、旅で、地元の人の家に、お邪魔するというのは、本当に楽しい。現地の人の家で、食事をするなどとは、普通の旅行では、考えられないのである。
タニャンさんからは、タイに着いた日から、いつ来るのとの、メールが、野中に何度も、入っていたという。
七時に、ホテルの一階のテラスに出て、コーヒーを頼む。
私が一番乗りである。
テラスといっても、歩道の上である。
角にあるホテルだから、車の通りも多い、人の通りも多い。
ホテル前には、トゥクトゥク、ソンテウが、何台も待機している。
前回来た時の、女の子はいなかった。皆、新しい男ばかりである。
ホットコーヒーを注文する。
それで、暫く時間を過ごす。
タイに着いた時から、曇りだったが、本日からは、晴天である。
青さを越えて、紺碧の空が広がる。
結局、朝食をそこですることにした。
メニューを見て、サンドイッチを頼む。ボーイを呼んで、写真を指差すだけである。
その間に、車も人の数も、どんどんと増える。
本日は、日本にエアメールを出すために、郵便局に行く。そして、タイマッサージを受ける。後は、昼食と、夜の食事を何にするのか、決める。
サンドイッチを食べて、ゆっくり過ごして、部屋に戻ったのは、八時半を過ぎていた。
野中は、まだ、眠っている。
洗濯物を入れてと言われた、ビニール袋に、何枚かの下着や、タイパンツを入れる。
タイの洗濯屋さんは、キロ単位で料金がある。
ホテルに出すと、手数料が取られるので、自分で持ってゆく。
歯磨きと、顔を洗い、出掛ける準備をする。
地図を見て、近くの郵便局に行く。
実は、チェンライからも、二枚の葉書を日本に出したが、皆、料金が違うのである。本当に大丈夫かなと、思った。
葉書のエアメールなら、料金は、同じであろうにと。
その確認も込めて、郵便局で出してみようと思った。
郵便局は、ホテルの裏側、旧市街地の中を行く。
ゆっくりと、歩いた。
チェンマイの車道は、信号機があまりない。あっても、歩行者が渡る時間は、10秒である。
だから、無いのと同じである。
車の隙間を縫って、向こう側に渡る。勇気がいる。
そのうちに慣れて、私は、手を挙げて渡るようになった。
勿論、急ぎ足である。
大きな通りを右に曲がり、そして、また、大きな通りを、左に曲がり、交差点に来て、郵便局がある。
15分ほど、歩いた。
先客がいる。
順番の札を取り待つ。
何となく、それが解るのだ。窓口に、番号が出ているから、察する。
私の順番が来た。
葉書を出す。エアメールと言う。
ブスッとした、おじさんである。
何とかかんとかと、言われた。料金である。解らないが、100バーツを出してみる。すると、ポンと、5バーツの硬貨を出された。
高いと、思った。95バーツもする。葉書のエアメールがと、思い、財布に入れて、去ろうとした時、おじさんが、また、お釣りを出した。エッと、私は、それを見た。おじさんが、ニッとして、葉書の切手を見せる。
料金は、これだけという、しぐさである。
お釣りは、85バーツである。つまり、葉書は、15バーツである。約47円。
そんな風に、日本円に換算して、頭の体操をする。
しかし、チェンライの街中の店で、葉書を書き切手を買った時は、もっと、安かった。
皆、無事に届くのだろうかと、思った。
後日、皆、無事に届いていた。そして皆、私が、帰国した後である。
ホテルの位置が解るので、ぶらぶらと歩く。
一度曲がればよいのである。
私は、向こう側に渡り、直進した。
そこで、目にした、マッサージの料金が、一時間130バーツである。安い。
オープンの店内に、一人の若い女性が、寝ていた。
私が顔を出すと、マッサージと言う。私は、頷く。
タイマッサージ ワン アワーと言う。人差し指を立てた。
女性は頷いた。
まだ、初心、ウブな感じである。
イスも無く、ゴザの上にマットが、幾つか敷かれてあるだけ。
道行く人に見られるのである。
私は、一つのマットを示された。そこに、仰向けに寝る。
すると、女性は、ある方向に、合掌する。ああ、お寺で、習ったと思った。そして、始める前にも、合掌した。
足裏から、丁寧に揉む。
典型的な、タイマッサージである。
タイマッサージは、下半身に重きが置かれて、足裏から、足の揉みが、よい。ただし、日本人のように、肩の凝りを取るのには、不十分だ。
勿論、最後に、肩にも、肘で指圧を加えるが、今ひとつである。
時間も、短い。本当は、肩にも、時間をかけて欲しい。
一人のマッサージ師と仲良くなり、それを頼むしかないが、まだ、仲良くなるマッサージ師は、いない。
街中のマッサージは、一時間のタイマッサージだと、200バーツである。130バーツは安い。足裏マッサージは、オイルを使うので、一時間200バーツ。
ところが、高級ホテルだと、500バーツから、800バーツと高い。
料金は、まちまちである。
昨年、何度か行き着けたマッサージ店の料金表示を見て、驚いた。
一時間が、何と100バーツに値下げしていた。
そこは、ホテルの並びの道路を隔てた場所である。
後で行くことになるが、マッサージも、過当競争である。
そこで、一時間のタイマッサージをした時、マッサージ嬢から、結局、私たちの取り分が減ったと聞かされた。
100バーツの30バーツが、手元にくるという。
そこで、オイルマッサージをしてくれと言われた。私も、オイルマッサージは、好かないが、まあ、一度だけならいいかと、オイルマッサージをすることにした。
後で書くことにする。
一時間のマッサージを終えて、ホテルに戻る。
市場を通った。
一度、通りかけたが、戻って、昼食を買うことにした。
まず、ゆで卵二つ。鳥の足一つ。パンを二種類と、もち米の粽のようなもの、二つと、魚の蒸し焼き一つ。別の店で、バナナ一房を買った。これは、帰国の日まで、持った。
タイの、小さなバナナで、青臭い味がする。
行きかけて、パイナップルの果肉を一袋買った。
全部で、100バーツ程度だから、330円。
結構な量になった。
ホテルに着くと、野中が起きていた。
もう、12時になる。
買ってきたものを、二人で食べる。
野中は、タイでは、完全に二食である。食べないのだ。
私は、三食である。
結果、帰国して、太っていた。
後で、野中が、二ヶ月滞在していた時に探した、安い地元の店に連れられて行く。
チェンマイカレーの店では、感激の美味しさだった。そこの、もち米と食べるカレーは、絶品だった。それも、地元の値段であるから、安い。
そして、矢張り地元の人の行きつけの店の、タイ料理である。安くて、旨い。
いつも、人が沢山いた。
ただし、朝七時から、夕方四時までである。家族総出で、店を切り盛りしていた。
食べて少しすると、昼寝がしたくなった。
これは、幸いと、ベッドに横になった。
夜の遅い私は、昼寝をしなけむれば、駄目だ。昼寝で、疲れを取る。
明日の慰霊の様を想像しつつ、眠った。
今回の旅の二番目のテーマである。
一番目が、ミャンマー入りで、慰霊、そして、土曜日のコンサートである。
この三つが、主要なテーマである。
勿論、次に続く計画を立てることもである。
ミャンマーは、来年のテーマになった。引き続き、行くことにする。
この日の夜、私は、野中に連れられて、チェンマイのレディボーイの草分け的存在、マリナの店に行くことになる。
日本で言えば、性同一性障害ということになる。しかし、タイでは、子供の頃から、そのような少年は、女の子として扱われるという、習慣がある。
当たり前のことなのだ。勿論、それを、嫌う男もいる。差別は、タイにもある。
タイ人にゲイが多いということではなく、タイは、比較的、それを公言しても憚らないという国柄である。
女の子同士が、手を繋いで歩いているのも普通で、時に道端で、キスしたりもする。別に、誰も気にする風もない。
ある種の曖昧さがいい。それは、日本人の曖昧さに似る。
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