木村山旅
 沖縄・渡嘉敷島へ
 
平成20年
 12月
 

 第7話

渡嘉敷島からの、帰りの船は、高速ボートで、35分。

フェリーとでは、半分の時間である。

 

ベルト着用であるから、揺れが激しい。

しかし、私は、渡嘉敷の港を出て、10分程の所で、デッキに出た。

先ほどの、御幣を海に、投げ入れるのである。

 

神送りの、音霊、おオーを、三度唱えて、投げ入れた。

 

これで、慰霊の儀は、すべて、終了である。

 

終了は、終わりである。

後に引かない。

あの世のことと、この世のことを、混合させない。

混合させては、見苦しいのである。

 

霊的能力者の中には、後々までも引きずり、延々と、それが、終わらない人がいる。

自己顕示欲である。

 

慰霊の後で、具合が、悪くなるような、慰霊は、嘘である。

霊が憑いた、云々という、話は、うんざりする。

 

頭が悪いと、霊も憑くのである。

 

私は、高速船の、揺れを楽しんだ。

 

さて、今夜は、何を食べようか。

はーぁ

もう肉は、嫌だ。

 

魚を食べたい。刺身も、食べたい。

いきなり、肉が嫌になった。

 

それは、こういうことである。

霊的存在は、肉の匂いを嫌う。

自己防衛であった。

 

慰霊の前に、あれほど、肉が食べたいと思ったことはない。つまり、自己防衛で、肉を食べていたのである。

 

要するに、ベールを張っていた。

 

暫く、肉は食べたくないのである。

ああ、これだったんだと、その時、気づいた。

 

ちなみに、私は、霊能者ではない。

ただ、感受性が強いだけである。

感受性と、霊能は、紙一枚である。

 

さて、夕日の中を船は走る。

そして、あっという間に、那覇に着いた。

お客は、数える程度である。

 

そのまま、ホテルに戻る。

そして、兎に角、身体と、髪を洗いたいのである。

私の、清め祓いである。

 

髪が乾いて、七時になったので、近くの居酒屋へ、出る。

地元の、魚介類のある、居酒屋に行った。

 

オリオンビールを飲む。まあまあ。ビールは、好きではない。

次に、日本酒を頼む。

沖縄では、泡盛が主である。頼んだ、日本酒の銘柄がないので、あるもので、良いと、注文した。

 

980円の刺身セット、300円のモズクを頼む。

それで、おしまい。

もう、食べたくない。

疲れていたのだ。

 

だが、きっと、夜、腹が空くと思い、沖縄野菜のてんぷらと、沖縄焼き蕎麦を、お持ち帰りにしてもらう。

 

一時間程で、居酒屋を出る。

そのまま、ホテルに戻る。

そして、ホテルの、寝巻きに、着替えて、一息する。

 

まだ、八時過ぎであるが、ベッドに身体を、横たえる。

少し、寝る。

 

目覚めて、てんぷらと、焼き蕎麦を少し食べる。

そして、また、寝た。

 

朝である。

 

昨夜、残したものがあるが、ホテルの朝食に出る。

パンも、おかゆも、おかずも、一通り手をつけてみた。

腹一杯になる。

 

部屋に戻り、また、ベッドに横になる。

 

部屋は、十二時まで、延長しておいた。

 

衣服支援が、出来なかったことを、残念に思い、最後に、とまりんの港の前で、コーヒーを飲もうと、思った。

もしかしたら、差し上げることが、出来るかもしれないと、思いつつ。

 

十二時前に、ホテルを出て、とまりんに向かった。

そして、コーヒーを注文して、タバコをふかした。

 

少しして、あちらの公園に、人影が見えた。

 

荷物をそのままに、衣服のバッグを持って、向かった。

トイレで、顔を洗う、おやじさんに、声を掛けた。

 

服は必要ですか

ああ、いります

私は、すぐに、バッグを開けて、衣服を見せた。

ジャージの上下があった。

 

それ、もらいます

どうぞどうぞ

更に、衣服を出した。

シャツもある。

 

これ、どうですか

ああ、もらいます

 

そうしていたら、おじいさんが、来た。

 

それ、女物だね

はい、でも、まだありますよ

 

私は、すべてを、出した。

おじいさんが、選んだ。そして、そのバッグが、欲しいと言うので、バッグを、差し上げることにした。

そして、女物を、知り合いに、上げて下さいというと、いいよと言う。

 

そこで、すべてを差し上げることが出来た。

 

おじいさんは、俺、何も食っていない。食べ物は、あるかいと、言う。

 

私は、昨夜の、てんぷらと、焼き蕎麦を、持っていたので、ありますが、半分食べていますと言うと、それでも、いいと、言うので、差し上げた。

 

ありがとう ありがとう

何度も、その言葉を聞いた。

 

私は、コーヒー飲み場に、戻って、今回のすべての、予定を終えたことを、嬉しく思った。

 

最後に、沖縄蕎麦を食べて帰ろうと、思って立ち上がった。

これで、終わりではない、これが、はじまりである。

沖縄、追悼慰霊の旅のはじまりである。