木村天山旅日記

  ラオス・ルアンパバーン
  
平成21年6月 

 

第6話

メコン川は、歩いて、すぐだった。

茶色の流れが、目の前に広がる。

 

緑と、茶のコントラストである。

 

子供たちも、一緒に付いてきて、私よりも、先に、メコン川で待っていた。

そして、私がその場に行くと、子供たちが、川に飛び込んで、歓声を上げる。

 

子供たちの、歓迎の儀式である。

 

バリ島の、海がめの島に行った時も、子供たちが、私に、海に飛び込んで、歓迎してくれた。

 

バクテンを見せてくれた男の子もいる。

何度も、それを、繰り返してくれた。

 

彼の、ズボンは、大きな穴が開いていた。

私は、今回、男の子の、下着や、ズボンを持ってゆくのを、忘れた。皆、上着である。本当に、済まないと思ったほど、男の子の、ズボンは、擦り切れていた。

 

私は、メコン川に向かって、拍手を打った。

途端に、子供たちが、静まり返った。

 

それは、見事だった。

 

だが、私は、長い言葉を、唱えるつもりはなかった。

ただ、アラテラス大御神と、三度、唱えただけである。

 

そして、祓い給え、清め給えと、四度、唱えた。

それで、十分だった。

 

拍手を打ち、終わると、また、子供たちが、私に、泳ぎを見せてくれた。

 

彼らは、祈る姿を、お寺で、いつも見ている。だから、私の行為も、理解した。

 

一人の男の子は、じっーと、私を見つめていたようである。

それは、写真を見て、分かった。

 

祈りは、当たり前にある。

生活の中に、祈りがある。

 

だが、それを、宗教と、勘違いする。

それは、伝統行為なのである。

 

その親が、その祖父母が、そのように、行為していたことを、子供たちも、する。

宗教行為ではなく、伝えられた行為、つまり、伝統行為である。

 

ニッツは、私の写真を何枚も、撮っていた。

私は、三枚で、いいと、言ったが、彼は、フイムルをすべて、それで、使ってしまったのである。

 

その写真を、見て、私の目の前の、メコン川が、光っていた。

ああ、良かったと、思った。

それは、フラッシュのせいで、あろう。

でも、雨雲の中で、光が、差すようにしてある写真は、気持ちのよいものである。

 

その後、ニッツは、その村の、小学校に私を連れた。

平屋の学校である。

 

だが、現実は、教科書が無い。文具が無い。そして、先生が、来ないのである。

先生は、副業で、忙しい。給与で、生活できないからである。

学校は、無料であるが、教科書も文具も無ければ、どのようにして、学ぶのか。更に、先生が、来なければ、生徒は、どうするのか・・・・

 

私は、ラオスの批判をすることは、出来ないのである。

 

私は、日本人である。

それを言うのは、僭越行為である。

 

次に来る時は、文具も、もって来ると、考えた。

だが、溜息が出た。

 

きっと、世界には、このように場所が、多くあり過ぎるのである。

 

それを、後進国という。

 

だが、後進国が、先進国になるとしたら、どうなるのか・・・

 

先進国とは、何か。

 

ニッツは、私を促して、村に戻った。

 

少し、考える時間が、必要だった。

何が、出来るのか。

だが、ニッツは、英語で、色々と説明する。

私に、考えるなと、言うばかりに、である。

 

しょうがなく、私は、ゲストハウスに戻る、と、ニッツに言った。

 

差し上げる物もなくなり、その場所にいる必要も無い。

しかし、子供たちが、着いてくる。

 

村の、寺院に、ニッツは、私を、案内した。

そして、子供たちと、寺の入り口で、写真を撮った。

 

帰国して、その写真を見ると、子供たちが、とても、喜んでいる様子が、写る。

 

私は、私の無力を、感じないわけには、いかなかった。

 

だが、私は、知っている。それ以上の行為は、僭越行為なのである。

私は、何様でもない。

ただ、追悼慰霊をする、一人の日本人である。

それで、よろしい。

それ以上のことは、実に、僭越なのである。

 

ただ、また、子供たちに、会いたいのである。それだけである。

いや、子供たちだけではない。村の皆さんに会いたいのである。

 

私は、その時、もし、一生、この村に私が住むことになったら、どうするだろうと、思った。

 

それは、無理だと、思った。そして、それを、運命づけられたらと、考えると、それで、善しと、思えた。

 

彼らは、知らない。だから、その村でも、生きられる。

そして、彼らは、その村が、故郷である。

捨てられるものではない。

 

と、いうことで、私は、今ある、私の、現実を、すべて、受け入れることが、出来たのである。

 

私は、日本に住む、日本人である。