木村天山旅日記

サイパン慰霊 平成19年5月19日〜25日

第二話

翌日の朝、10時にタクシーを呼び、島の北へ向かった。

兎に角、交通が不便である。観光客のみに焦点をあてているので、バスは、一定の区間しか走らない。島を巡回するようなバスはない。

最北部のプンタン・サバネタである。

バンザイ・クリフと呼ばれる、兵士や民間人が身投げした断崖である。「天皇陛下ばんざい」と飛び降りたゆえに、バンザイ・クリフという。

多くの慰霊碑が建つ。

そこで私は、清め祓いをするめに、出掛けた。

現地の火炎樹といわれる木の枝を借用して、榊として、御幣を作り、祝詞を献上して、清め祓いをした。

そこで、驚くべきことを知った。

昨年の天皇陛下の行幸、慰霊である。

人目を避けて行おうと思い、観光客の少なくなるのを待つ。

岬の先端に出た。

準備しつつ、祝詞を唱えていた。

岬の前で、そんなことをするのは、奇妙であるから、また、さもさもしいと思った。

さもさもしいとは、さも、そうであるからのようにという意味である。

私は、ごく普通に行いたい。

さて、「祓いたまえ、清めたいえ」と唱える。

しかし、想念の名残もないのである。

実に、清められてある。

確かに、多くの方々が慰霊しているから当然である。

だが、決定的に違う、波動がある。

慰めと、癒しの波動である。

天皇、その人のものか。いや、違う。

天皇という、存在にある、脈々と続く、天皇霊のことである。

現、天皇が行幸する、慰霊するという行為にある、霊的影響力である。

神武天皇から、今年で2660年の歴史を有する、天皇という存在である。

誤解されても言う。

その存在に在る、霊的エネルギーである。

私たち、一般の国民が知らない天皇陛下の行事は多々ある。皇祖皇宗に対する所作もある。

天皇陛下が、行幸する神宮、神社で、天皇陛下が、拍手を打つのを見たことはない。頭を下げるだけである。

神宮、神社と言えども、格式は、その身分は、天皇の存在より、低いのである。

例えば、真っ当な霊的能力者であっても、天皇を霊視することは、適わないだろう。

人間天皇の裏、後ろ、つまり、霊的空間には、皇祖皇宗が控えていらっしゃるということである。

私は、それを実感として感じた。

陛下が、いらっしゃったという事実。それだけで、清められている。

言論の自由である。天皇に関して、何を言っても良い。不敬罪などという罪も、今は、無い。天皇に戦争責任があると言ってもよい。天皇が戦争の責任を取れといっても、いい。何を言っても、許される。

しかし、私は、違う、人間天皇ではない。天皇霊である。天皇と共に在る天皇霊である。

浅はかな、単純な、問題ではない。

史観の問題でもない。

私は、現在の日本が、最後の良き時代だと思った。これから、衰退の一途を辿ると感じた。

あの栄華を誇った、ギリシャや、大航海時代のスペイン、英国の様を見よ。すべての道は、ローマに通ずるというローマ帝国の様を見よ。皆々、崩壊、衰退している。

経済大国第二位という地位にあり、観光地では、見事に餌にされている日本人であるが、奢れる者、久しからずである。

平家物語を読めばよい。

日本の政の核は、天皇の存在である。

今も昔も、天皇は、象徴である。

第二次世界大戦の様をみの、強調して、天皇の本当の姿を見失った日本は、核を見失っている。当時の軍部の創作した天皇像をもって、今何至るまで、誤解し、誤る天皇像である。

再度、歴史を観るべきである。

この度の慰霊で、私は、実感として、天皇の霊的存在の様を観た。

思うに、多くの宗教の修行といわれるものがあるが、天皇の日常生活を想像するに、修行などという言葉を超えた、絶する生活であろう。

あの、立ち居振る舞いに適う世界の要人はいない。

私は、四方を清め祓いして、写真を撮り、早々に次に向かった。

山頂である。

そこでも、日本人は、身を投げて死んでいる。

マッピ山の山頂、ラデラン・バナデロ、通称スーサイド・クリフ、自殺崖である。

平和記念公園には、十字架を背にした観音像が建つ。

民意とは、そういうものである。

十字架と観音様が、なんの違和感も無い。これがイスラムなら、考えられないだろう。

平和を願う人は、あなたの神も私の神も大切なのである。

宗儀を超えて、祈る。

実に、当たり前のことである。

私が、清め祓いをしていると、地元の女子高校生が、課外授業で来ていた。

先生が、私の同行者に、彼は、何をしているのかと問うた。

その説明を聞いて、ビデオに撮りたいと言う。高校生たちも、私の所作を撮っていた。

近づいて話をする。

歴史の勉強である。

日本の伝統的祈りに非常に興味を持ったようだ。私は、彼女たちに、祝福の祓いをした。

「私もカトリックですよ」と言う。オーと声が上がる。

サイパンはカトリックの島である。

先生は、大変感銘を受けたようで、最後に記念写真を撮った。

深く思いを凝らすことが出来ないのが、残念である。タクシーに乗り、ホテルに戻ることにする。

次に、人のいないところで行うことがあった。

ホテル近くのビーチを抜けて、人気の無いビーチに出た。

木陰を探し、即座に、読経を始めた。

法華経である。観音経でしめくくり、次に、大悲心陀羅尼である。題目を唱え、念仏を唱えた。

念仏の時、強い波動を感じた。

私の口が、回らない程、念仏が早い。勢い、経本で、膝を打ちつつ、念仏を続けた。

日蓮宗系の慰霊は、多く見たが、浄土、浄土真宗系は、少ない。

勿論、浄土真宗の親鸞は、霊を否定しているし、そのような迷いに導く所作を嫌った。当然である。仏教は、生きている者のためにある。しかし、親鸞は、思索に酔いすぎた。要するに、言葉の世界に酔った。これは、欧米の好むことろである。キリスト教に似ているといわれる訳である。

弥陀の本願は、神の愛に通じる。与えられる信仰、賜りたる信仰である。

信仰さえも、与えられて成るというところが、実に、権威的である。しかし、彼らは、その権威的に気づかない。

キリストも、親鸞も、信仰を持って善しとする。違う。

信じるという行為は、妄信、狂信ではない。

キリスト教の皆々は、何でも信じればいいというものではないと、キリスト教の神のみを信じることを言うが、それも、妄信、狂信であることに気づかない。

信じるべきものは、私である。私を信じることが出来ずに、神を信じるとは、傲慢不遜である。

私を知らず、私を信じられず、一体、何を知り、何を信じるというのか。

私を知らず、私を信じられない者の信仰は、信仰と言わない。迷いという。

禅では、「仏に逢えば、仏を殺せ」と言う。それは実に、正しい。

愚かな女が、男に、すべて託して、安穏とした様を愛だと勘違いする。多くの信仰は、それに実によく似る。

神に乗る、仏に乗る。すべてを託し任せて、安穏としている様を信仰とは、いわない。

そして、女は、男は、セックスだけがより所である。信仰も、祈りがより所である。つまり、自己満足、自己陶酔である。エクスタシーが、涅槃の境地に達するとは、たいした玉である。そういう、密教が仏教として、堂々としている様、あわれである。そんなことを言わずとも、人は、セックスで、実に満たされている。

人をおびき寄せる手立てだけは、真っ当であるから、笑う。

さて、次に私は、十字架を取り出して、波打ち際に入り、キリエレイソンを唱えた。あわれみの讃歌である。主よあわれみたまえ、キリストよあわれみたまえ。

左手に十字架、右手に御幣である。

笑う者は、笑え。私も笑う。

霊界には、宗教は無い。しかし、レベルの低い霊界には、宗教の霊界が在る。

アメリカ軍兵士も死んだ。無益な死であろう。

何ゆえ、死ぬのか・・・

戦争である。

人殺しである。殺さなければ、殺されるから、殺す。無益である。

戦争を企画、計画する者は、ほんの数人である。それに、大勢が巻き込まれる。人類の歴史で、戦争の意味だけは、解決されない。

平和の祈りと共に、人殺しをするという、蒙昧。蒙昧とは、先が見えない、藪の中に入る様をいう。

キリスト教の祈りには、何の反応も無い。

その訳は、二つの教会に行き納得した。

最後に、清め祓いをして、御幣を海に戻した。

私は、宗教家でも、霊能者でも、無い。

一般の人である。

ただ、昔の話から、まだサイパンには、幽霊が出るといわれての行動である。

幽霊は、至るところに出るが、戦争の後とは、辛いものがある。今も、戦争だと思い込む霊、幽霊がいたならば、戦争が終わったことを伝えたいという、思いのみ。

私の勝手な、行為である。

確かに、サイパンに出掛ける一週間前から、微熱が出て、気分が悪い。薬を飲んでも、駄目。サイパンに着いてからも、熱は、微熱から、少し上がった。

そして、慰霊を終えても、まだあるが、その翌日から、下がり始めた。

薬は、病院から処方されたものである。いつもは、それで治る。

私の行為が、単なる自己満足であることを、私は、知っている。

しかし、行きたいと思う気持ちに従った。

支援してくださった方もいる。

一つだけ、具合が悪くなった場所がある。

旧日本病院跡である。現在は、北マリアナ諸島の博物館になっている。

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