天山旅日記
ベトムへ
平成20
10月
 

第6話

ホーチミンで、衣服の半分ほどを、差し上げた。

残りの半分は、タイのパタヤで、差し上げたいと思っていた。

縫ぐるみは、ホーチミンで、ほとんど、なくなっていた。ゴミ袋一枚分の、分量だった。

別の、バッグに、少しだけ、残っていたのみ。

 

ここで、気の重いことを書く。

ホーチミンにて、サイゴン川で、慰霊の儀を、執り行おうと思っていた。

しかし、それさえ、間々ならない気分で、過ごしていた。

 

町の至る所、空気の違う場所が、多かった。

霊的空間である。

 

これは、私の妄想である。と、言っておく。

やたらに、疲れて、精神的に、動揺するのである。

これは、単なるものではない。単なるとは、通常の、幽霊が出るというようなものではない、ということである。

 

結局、慰霊の行為は、行わずに、タイに向かった。

しかし、バンコクからホーチミン、そして、日本に帰国する日、五時間という余計な時間があり、一度、空港を出て、サイゴン川で、慰霊した。

それは、後で、書く。

 

私は、衣服を街中で、差し上げつつ、あるカトリック教会に出た。

大きな教会である。

あえて、名前は、記さない。

 

ほとんど、霊の溜まり場となっていた。

重い空気が、教会を覆い尽くしている。

ルルドの聖母の祈りのコーナーも、その隣の、聖母のコーナーも、恐ろしく、空気が重い。

聖母のコーナーとは、聖母に、色々な名称をつけて、奉るのである。

無原罪の聖母とか、ルルドの聖母とか、である。

 

無原罪とは、聖母マリアには、初めから、原罪がなかったという、教会の、教義である。

聖母信仰は、新しい土地に、キリスト教を根付かせるために、縦横無尽に利用された。

日本では、聖母観音と言われるように、である。

 

聖堂には、入れなかった。

通常は、カトリック教会の、聖堂の扉は、いつも、24時間開いているものである。

開かれた教会である。

しかし、ホーチミンでは、危険が[危ない]ために、ミサ礼拝の時間以外は、閉じているのだろう。

どうしても、入りたい場合は、司祭館に申し出れば、聖堂に入ることが、出来る。

 

教会の上空に、多くの霊的存在が、集っていると、感じた。

しかし、私は、一切の霊的所作を行わなかった。

教会の上空を、天国と、思い込んでいるならば、致し方ないのである。

 

ベトナムには、その他、仏教も、イスラムも、中国寺院もある。

私のホテルの並びには、小乗仏教の寺院があり、毎朝夕、読経していた。

朝は、五時に鐘が鳴る。

その寺院も、自由に入ることは、出来なかった。

いかに、ドロボーさんが、いるかということだ。

 

また、カオダイ教という、習合宗教もある。不思議な国である。

 

これでは、慰霊の儀など、到底出来るものではないと、感じたのである。が、矢張り、最後の最後に、執り行った。そして、来る度に、それを、行おうと思ったのである。

 

ベトナム人の、信仰については、また別の機会に、書くことにする。

私も、まだ、調べつくしていないし、それについて、ベトナムの人と、話をしていない。

 

ただ、精霊信仰のようなものもあり、非常に不気味な、供え物で、精霊信仰のような行為をしているのを、見た。

鳥の丸焼きに、線香を幾本も立てて、その周囲に、水や、何やかにやと、奉っていた店もある。

ブラジルの、黒魔術のような感覚で、それを、見た。

 

そして、単に、線香だけを、家の前に、捧げているだけのものも、見た。

タイの、精霊信仰とは、違うものである。

タイの場合は、可愛らしいのである。楽しい感じがするのだが、ベトナムの場合は、少し違う。

重いのである。

 

また、多く見たのは、中華系の信仰である。

仰々しいのは、開店する店の前に、沢山の茶碗に、水やご飯、鶏肉、豚肉などを置いて、御祭りしているものである。

また、天神というものか、二体ほどの像の両側に、いつも、赤い電燈を点けている。

たまに、タイでも、見掛けるものである。

 

道端に、線香のみが、数本あるものもある。

 

自然に、身についた浮遊霊に対する所作であると、思う。

東南アジアは、浮遊霊の、宝庫ともいえる。

それらが、精霊として、扱われるのである。

 

私が感じたのは、それではない。

塊と、表現するのが、一番合っている。

空気の圧さを感じさせる、塊である。

これは、戦争犠牲者の霊であろうと、思う。

 

既存の宗教は、それの、清め祓いが、出来ない。

例えば、小乗仏教というか、仏教には、本来、死者のための、慰霊という行為は無い。また、キリスト教も、無いのである。

 

仏教は、仏になるための教えであり、キリスト教は、天国に入る教えである。

 

先祖崇敬、慰霊は、皆、民族宗教による。

 

小乗に支配される国では、人生をそのまま受け入れるという、諦観派である。

今の状態は、前世での、結果であると、考えるから、その現状を受け入れる。そして、布施をすることによって、来世を良くしようとする。

それが、タイでは、タンブンと言い、お寺に、寄進するのである。

貧しい人に布施をするより、まず、お寺に布施する。

 

ただ、救いは、タイは、福祉政策が無いゆえ、お寺が、それを、する。

少年僧の受け入れは、実に、見事な、福祉である。

寺に入れば、食べて、学べるのである。

 

ただし、女には、それが無い。

それで、ようやく、人々の懇願で、タイの寺でも、女子部を作るところもあるという。ただし、それは、少年僧の下に位置し、少年僧の予算の、余りで、行うという。

 

貧しい少女たちは、そこで、食べて、学ぶことが出来る。

しかし、予算が、足りない。

慧燈財団の小西さんが、その施設を視察した。

女の子たちに、何か足りないものがありますかと、尋ねると、バスタオルと、生理用品だと、答えたという。

そこで、小西さんは、160人分のバスタオルを、寄付したという。

 

ベトナムの、福祉政策は、どうかといえば、無いに、等しい。

これは、また、改めて、書く。

 

仏教の、供養という行為は、仏、菩薩、そして、生きている貴い人にするものである。

死者に対する、回向というものは、随分と後のことである。

つまり、死者に読経するという形は、仏陀滅後、1500年経てからである。

 

読経は、すべて、我が身の功徳のためである。

キリスト教の祈りも、神に対する、感謝と賛美である。イスラムも、然り。

道教、儒教も、様々ないみにおいて、現世利益が、主である。

 

死者に対する、所作は、後々、付けたしのように、行われるようになった。

 

イエス・キリストは、死者は、死者に任せるがよい、との、名言がある。

それより、神の国と、その義を求めよ、なのである。

 

確かに、因果応報、自業自得が、事の理であるから、死者の霊も、それに任せられる。だが、である。

 

それは、認識不足である。

 

死者の霊の存在の有無を論じるのではない。

在るものなのである。

その証拠が、地場の、磁気である。

宗教施設に出掛けて、具合の悪くなる人は、それを、体で、感じるものである。

霊感など、必要無い。それを、感じる人がいる。