木村天山旅日記

 

アボリジニへの旅
平成20年7月 

 

第5話

矢張り、暗いうちから、目が覚めた。

四時である。

少しして、また、眠るべく目を瞑る。

五時に目覚めて、起きる。八時間以上寝たのである。

 

部屋の外に出て、モーテルの敷地を歩く。

暗い。電灯の光だけである。

暫くすると、東の空、明らんできた。

 

腰巻一つである。風が涼しい。こんな冬なら、大歓迎である。

 

部屋に戻る頃は、朝日が出た。

野中を起こして、出掛けることにする。

街の中心に行きたいと、思う。そこで、朝のコーヒーを飲む。それが、一番、街を知る手立てになる。

 

街の中心は、歩いてゆくことにする。

30分ほど、ぶらぶらと、歩いた。

街の中心。驚いた。

その一角が、繁華街だと言うのである。

 

スーパーから、美容室から、兎に角、そこには、街のすべてがあった。

一軒の店では、数人の女たちが、忙しく、働いている。

その中に入った。

 

皆、話し好きで、色々と、言葉を掛けてくる。

皆、フィリピンの人だった。

日本語が、少し出来る女もいた。

コーヒーと、サンドイッチを頼む。

野中は、一つで、いいと言う。一つを、二つにしてもらう。

本当に、それで十分だった。

 

店の前の、コーナーに座り、コーヒーを飲む。

朝は、黒い肌の人が、多く目に付いた。

アボリジニ、ヨォルングの人たちである。

 

彼らには、ヨーと、声を掛ける。

ハローと同じ意味である。皆に、声を掛ける。

 

私は、浴衣であるから、日本人だと、すぐに、解るはずである。

 

本日の、予定は、これから、町外れのガインガルの聖地に行くことである。

野中が、一度来ているので、案内は、いらない。

出て来た、サンドイッチを食べて、そこから、聖地に向かった。

 

まだ、朝のうちである。

人が少ない。

日差しが強くなる。私は、メガネの上に、サングラス用の、色眼鏡をつけた。

 

随分と、歩いた。

一人の、アボリジニのおじさんに、確認して、聖地へ向かう。

入り口に来た。

 

驚いた。

看板がある。

そこには、ワニの絵が描かれてあり、ワニに注意せよ、である。

そして、更に、ワニに、食われないようにとのこと。

ギャ、である。

 

ワニが出る。

野中は、今は、乾季であるから、大丈夫という。

野中が、来た時期は、雨季であり、川の水かさが増して、怖かったという。

その川を、渡った。

申し訳程度の、水の流れである。

 

一本の道を、歩き続ける。

私は、ワニが出た時のために、一本の枯れ木を、持った。

もし、ワニが襲ってきたら、それを、口に入れようと思った。

ドキドキし、ワクワクした。

 

しかし、ワニは、出なかった。

一つ、ワニ捕りの、籠を見た。

中に、鶏三羽が、吊るされてある。

ここでは、ワニを食べるのである。

クロコダイルという、ワニである。

 

砂道に、ぬかるんで、進んだ。汗が出た。

右手の沼を見て、進む。

睡蓮の花が、丁度時期であり、多く咲いている。

可憐な、小さな薄紫の花である。

その、睡蓮の花が、後で、重要な意味を持つことを、知る。

 

バードウォッチングの小屋に、白人がいた。

私たちは、無視して、歩き続けた。

 

到着した、目の前は、沼地である。

大きな、大きな池である。

 

野中が、声を上げた。

鶴がいた。

番いの鶴である。

鶴を、初めて見たという。

 

私は、早速、御幣を作る。

付近の木を見て、枝を一つ、頂く。

それを、潅木の一つに、捧げて、祈りの準備をする。

 

不思議である。

 

言葉を必要としないのである。

 

私は、御幣を、太陽に掲げて、神呼びをした。

いつもなら、祝詞を挙げる。

しかし、その必要は無いとの、啓示である。

 

さて、どうするのか。

 

天照のみ、御呼びして、待った。

すると、口から、アーと出る。そのままにして、アーと、続ける。

 

野中を見た。私の写真を撮りつつ、私と共に祈る姿勢である。

異語にしたらと、言う。

 

説明する。

異語とは、古代語などが、自然に出ることである。

しかし、それには、魔が憑くこと多い。

 

私は、アーと、続けた。

清音のみでなければならない。

すると、舌が動く。

アーの音の中に、微妙に、音が変化するのである。

そのまま、続けた。

 

私は、目の前を見ている。

先ほどの、二羽の鶴が、動かない。そして、名の知れぬ鳥が、目の前の木に止まり、それも、動かないのである。

不動の姿勢の鳥を、見て、私は、音霊の、所作を続けた。

 

鳥たちは、私の清め祓いが、終わるまで、動かなかった。

 

その沼地を、すべて、清め祓いした。

その時、後から、カップルのアメリカ人が、近づいて来た。

私の様子を見て、戸惑っているので、声を掛けた。

 

今、日本の方法で、祈りを捧げていると、言った。

彼らは、頷いた。

 

クリスチャンかと、訊くと、パブテスト派だという。プロテスタントの、一派である。

 

私は、二人に、あなたたちの幸せを、祈りますと、幣帛を、掲げて、清めた。

神妙にしている。

終わると、サンキューと、言い、私たちに、良いビーチがあると、教えてくれた。

その、ビーチに行くつもりはなかったが、最後の日に、行くことになる。

 

二人が、いなくなり、私は、再度、清め祓いをして、神送りを始めた。

私は、追悼慰霊のために、来たのである。

この聖地では、アボリジニ、ヨォルングの先祖たちが、鎮まり治まった場所としている。

慰霊の意味も込めて、行ったが、追悼慰霊は、別の所で、行う予定である。

 

御幣を、そのまま、池に納めて、終わった。

 

暫く、潅木に腰掛けて、辺りを見ていた。

鳥たちは、やっと、動き出した。

目の前の鳥は、一度だけ、静止したまま、反応した。

私が、音霊の所作をしている時に、一度だけ鳴いたのである。

 

しかし、そんなことに、意味を云々することはない。

 

通常と違うことが起こっても、それに反応しない。

祈りは、ただ、あるがままに行う。

何か、普通と違う状況に反応すると、必ず、それは、魔に通ずる。

人は、奇跡と言うが、それは、魔の方便である。

 

奇跡は、毎日、私に起こっている。私が、生きているということである。

そして、太陽が昇る、沈むということである。

それ以外の、奇跡は、必要ではない。

 

奇跡を起こすものは、すべて、魔物である。

 

名残惜しく、私たちは、その場を、後にした。

ワニも、出なかった。

ここで、ワニに食われて終われば、それでも、良かった。

ワニに、食われる程度の、人生である。

 

帰りの道で、近道を発見した。

二つに分かれる道の、別の道を選ぶと、何と、来た時の、半分の時間で、入り口に着いた。

 

再び、私たちは、繁華街に向かった。

まだ、昼ではない。