木村天山旅日記
 ゴールデントライアングルへ
 
平成20年
 10月
 

 第10話

若き日の疲れは、一夜で、取れる。しかし、ある程度の、年になると、それが、二三日後に出る。

不思議なものである。

 

チェンマイでは、その疲れを取るためと、ゲイの専門機関を訪ねる予定だった。

だが、ゲイの専門機関に、出向くことは無かった。

ホテルから、歩いても行くことが出来たが、また次の機会があると、先延ばしした。

 

新しい情報を得るということも、ストレスになるのである。

 

チェンマイは、タイ北部、及び東北部である、イサーンからの、ゲイ、レディボーイの中心地であり、トランスジェンダーに関する、有力な情報を得られる場所である。

それは、これからの、日本のトランスジェンダーのために、必要となる、情報である。

 

それらに関して、タイは、先を行くのである。

 

タイと、日本は、ニューハーフ、レディボーイに対して、他の国より、開かれている。非常に近い感覚を持つ。

勿論、差別は、共にあるが、他の国より、それが少ない。

 

チェンライからのバスで、レディボーイのバスガイドがいたと書いた。普通の仕事に就いている者もいるのである。

 

彼らは、普通に生きてゆきたいのである。

それが、タイでは、今、自然移行の形で、行われ始めた。

 

ただ、まだ多くは、夜の街で、生きなければならない。その多くは、体を売る。

 

これは、スタッフの話だが、レディーボーイたちが、数名集まり、それぞれが、四方山話に講じていた時、一人のレディーボーイが、矢張り、涙を流しつつ、私は、口や、チンチンや、アナルを使って、お金を得なければ、生きていけないのと、泣いたという。

すると、一つのレディーボーイが、私たちは、泣いては、いけないのよ。前しか見ないの。後ろを見ないで、生きるしかないのと、言ったと聞いた。

 

私たちは、時代を先に生きているのよ。

古い時代ではなく、新しい時代に生きるの者なの。

自分を生かすことが出来ない人が、大勢いる。そんな悩みの人の中で、私たちは、それを、生きているのよ。

悩みを、そのまま生きていると、言う。

 

自分の性に違和感を感じて、いつも、悩みにある人より、明確に、自分の性を、見つめて生きているというのである。

 

ペニスを取り除いた者、ペニスをそのままに、女装する者、どちらも、レディーボーイである。

 

一つ、面白い例がある。

レディーボーイを目指して、女装したが、容姿が悪く、どうしても、女性に成り切れなかったという男がいた。

どうしても、おかめの顔なのである。

美しいとは、決して言えない。

それを、自分で気づき、それでは、ゲイになるしかないと、ゲイに徹して生きることにした。

 

少し、滑稽であるが、彼を救ったのは、彼の、アホさ加減である。

仕事は、マッサージ師である。

 

私が、男のマッサージ師を探しているということで、スタッフの野中の友人のレディーボーイが、それならと、紹介してくれた。

 

彼は、四度も、若い男に騙されている。

カラオケバーや、ディスコで、出会った、ノンケ、つまりノーマルの男を部屋に連れ込んで、セックスをする。

それで、一夜明けると、金目の物と、バイクを盗まれていたという。

皆、四度も、騙されるのは、お馬鹿よと、言うが、あまり意に介していないのが、いい。

 

警察に届け出た際も、わざわざ、自分の経歴を延々と話して、警察官を、唖然とさせて、警官から、逆に、どのようにして、その相手を探し出せばいいのかと、訊かれるハメに。

 

ただし、マッサージの腕前は、一流であった。

 

更に、人が良いのである。タイ人特有の、曖昧な優しさが、前面に出ている。

 

マッサージが終わって、私をある所へ、案内してくれた。

わざわざ、である。

その先は、ボーイマッサージの店である。

 

その店長と、友人であると、私を紹介して、ボーイのマッサージを受けるといいと、推奨する。

 

どこで、どうなったのか、面白い展開である。

彼から、タイマッサージを受けたので、次はオイルマッサージをとのこと。

 

店長が、ボーイの写真を持ち出して、選んでくれという。

いや、いいですと、言えない私。

折角の好意であると、思えば、それでは、オイルマッサージかと、ボーイを選ぶ。

 

一人のボーイが、足を洗う盥を持ち出して、私の足を丁寧に洗う。

 

案内した彼は、店長と、暫く話して、戻っていった。

 

選んだボーイが出て来て、二階の部屋に案内された。

薄明かりの部屋である。

 

全裸になり、うつ伏せにと言われた。

彼は、パンツ一つになる。

うーん

少し英語が出来るというので、少し英語が出来る私となら、話し合うことが出来ると、思ったが、私の英語が、全然通じないのである。

 

年だけは、18歳と解った。

それでは、私の子供の年齢である。

これは、体を売るボーイである。

 

だが、マッサージの腕も悪くない。

足から、背中を丁寧にオイルを使い、マッサージする。眠気が襲う。

 

そして、次に、仰向けになる。

すると、彼は、面白いことを言った。

キングクイーンであると、言う。

あなたはと、訊かれて、はて、キングとは、王様で、クイーンとは、王女様である。

 

どういう意味なのかと、英語で、訊いても、解らない。

しかたなく、私はキングと言った。すると、えーーーという顔である。

自分は、キングクイーンである、と繰り返し言う。

 

その意味が、やっと、理解出来たのは、私の尻を指して、ここに入れるというのである。

つまり、彼は、ゲイの世界で言う、タチなのである。ウケではない。

 

クイーンキングと言えば、ウケで、キングクイーンと言えば、タチなのか。

はーっ

感心してしまった。

 

それで、彼は自分の一物を、勃起させようとしているのである。

オッケーオッケー、大丈夫、いいよ、いいよと、日本語で言う。

手振りで、マッサージを続けるように言う。

 

つまり、ここに来るお客は、欧米人が大半で、特にウケの欧米人が来るのである。

チェンマイには、日本のゲイは、ほとんど来ない。日本のゲイは、パタヤに行く。

 

全くもって、勉強になった。

スタッフの野中に話すと、そんな言葉は、聞いたことが無いと言う。

つまり、タイのゲイの世界の言葉なのであろう。

レディーボーイたちも、知らない言葉である。

 

ゲイには、ゲイの世界の言葉がある。

これは、発見だった。

 

スタッフの野中は、東南アジアの、トランスジェンダーの世界を、テーマに、物を書きたいと、決めている。

私は、東南アジアのゲイの世界を、テーマにして、物を書こうと思っていた。

 

トランスジェンダーということでは、両者共通する。いや、少数派ということで、共通するのか。

 

そして、私のもう一つのテーマは、児童買春の実態と、その撲滅である。

だが、それは、到底一人で、出来るようなことではない。

ある程度の団体行動が必要となる。

 

児童買春の場所に乗り込んでも、実態は解るが、それ以上のことは出来ないし、非常に危険である。

ミャンマーは、児童買春に関する法整備は無い。つまり、野放図である。

もし、そこに私が出掛けても、子供を取り返すために、お金が必要であり、その後の子供の面倒を、どうするのかということも、問題になる。

公的機関は無い。

男子であれば、寺に入れることも出来るが、女子を受け入れる寺は、ミャンマーには、無いのである。

 

更に、バンコクでは、より危険である。

バンコクにも、児童買春専門の場所があるといわれる。

そこに、乗り込むのは、客として行くしかない。

しかし、行って実態を見て、どうするのか。

結果は、金で、買い戻す形になる。そして、その後の、子供の世話をどうするのか、である。

 

これは、国家が取り組むべき問題である。

法律によって、規制し、厳しい罰則を課して、取り締まることである。

そのための、啓蒙運動ならば、出来る。

 

今、私は、それを、考えている。

 

更に、幼児性愛者は、治療が必要であること。

病気と認定して、治療を受けなければならない。ある程度の隔離が必要である。

 

兎に角、今は、そこまで、考えている。

そして、私のことであるから、きっと、手を付ける。更に、始めたら、最期まで、やる。

貧しい国の、幼児、児童たちが、その餌食にされる。

フィリピン、カンボジア、ミャンマー、ラオスが、特に酷い。

国際的問題として、啓蒙し、法的整備を整えて、撲滅するしかない。

私に、何が、出来るのか、である。