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ある物語 6 

ある物語

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論文集

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第六話
アメリカ、ミシガン大学留学の話は、あまり聞いていない。
ただ、食べ物が不味かったという話しが、印象的だった。
 
その後、帰国する際に、イタリアの貴族の出の人と友人になり、そのお屋敷に泊まったという話しを聞いた。
国費留学であるから、それは大変に凄いことだろうという程度に聞いていた。
 
そして、大学に戻る。
博士課程では、特に文章の書き方について、とことん皆で、やりあったという。
その様子は、私の原稿に手を入れて示すほどだった。
 
私は、エッセイを書くが、藤岡は、論文であるから、まったくといっていいほど、それが違う。
兎に角、私の新聞に連載していたエッセイの原稿に、手を入れてくれた。
最も、私の場合は、記者に手を入れられても平気であり、どうでもよかったということもある。
 
別に、大した事を書いている訳ではないとの、開き直りである。
 
何せ、心の中にあること以外は、見えないと、書くと、記者から、意味が解らないと言われる。それなら、しょうがいないね・・・である。
 
文章は人だ。
文体は人だ。
そんな理想を求めることもなかった。
読み捨て去れるようなものを書いていたのだ。
 
だから、藤岡に、文章の矛盾を指摘されると、困った。
それが、私なんだけど・・・
しかし、藤岡に書き直しを命じられた。
 
更に、藤岡の論文などを読んで、少しはマシになったかもしれない。
でも、論文は書けない。
論理的というのは、夢のまた夢である。
 
流れるままに・・・
最初と、最後の結語がおかしいと、藤岡に指摘されても、面倒だと思っていた。
 
まあ、そんなやり取りも楽しかった。
 
さて、藤岡が大学を辞めて、社会で働きたいと思い始め、ヤマハに入社した頃、私は藤岡の存在を知らない。
何と、札幌ヤマハに勤務していたのだ。
 
その頃、私も札幌で色々なことをしていた。
一々書くのは、面倒なので省略する。
 
ただ、忙しかった。それだけ。
 
その忙しさを開放するために、私は、文化教室も週休五日にして、後は部屋で小説を書き始め、プールなどに通っていた。
それでも、収入は十分にあり、そろそろ札幌に愛想を尽かしていた。
 
藤岡と出会ったのは、そんな時期である。
飲みに出るのも、一人が多かった。
色々な付き合いをすれば、キリが無いのであるから、親友に断って貰っていた。
 
ある秋の日の夜、教室から帰る道、すすきのに立ち寄った。
すすきのは、私の通り道である。
だが、毎日タクシーを使っていたので、出る時は、無理に出ることになる。
 
カウンターバーの店に立ち寄った。
その隣に座っていたのが、藤岡だった。
 
その時の藤岡のイメージは、金持ちの道楽息子といったものである。
 
最初の言葉が、着物っていいですね、僕も着たい、と言ったことだ。
私は、アンタなら、若く見えるよ、と答えた。
別に、若く見られなくてもいいんですけど・・・
 
それから何を話したのか忘れた。
 
私は、最初に酒を飲んで酔う。そして、暫くして、その酔いに慣れてくるので、最初の時で酔っていた。
 
その時、感じたことは、この人、私のことを知らないということだった。
つまり、札幌の人じゃない・・・
テレビに10年ほど出ていたので、大概の人は私を知る。
 
その時、急に甘いものが食べたくなり、カウンターの中にある冷蔵庫を見て、何か甘いものないのと、言った覚えがある。
それが何だったのか、忘れたが、藤岡も同じものを注文したことを、覚えている。
 
後で、藤岡が甘いものが大好きだと知る。
酒と甘いものなど、食べたことがなかったのである。
 
それが、最初の出会いである。
まさか、人生の重大な出会いになるとは、知ることもなかった。
 
私の母が、札幌の病院に入院して、足の手術の前後のことである。
それから、どの位経った頃か・・・
 
母の病院に見舞いに行き、タクシーに乗り、部屋に戻ろうとした。
そして、タクシーの中で、何か物足りないと思いつつ、すすきのに立ち寄ることにした。
 
タクシーを降りて、どこに行こうかと、考えつつ歩いた。
いつもなら、絶対に行かない、カラオケのある店・・・
どうして、そんな店に入ろうとしたのか・・・
それも、初めての店である。
 
いつだったか、誰かに紹介されていた店である。
 
あのときの心境は、実に不思議である。
あまり気が進まないのに、その店に出向いたこと。
 
店に入ると、藤岡がカウンターに座っていた。
すぐに、その姿が目に入ったのである。
 
あらーーー
藤岡が、頭を下げる。
店のマスターが、お知り会いですかと聞くので、藤岡が、ええ、と答えた。
 
これが運命の出会いか・・・
 
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