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ある物語 31 

ある物語

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第三一話


思い出を手繰り寄せるように、物語として書いている。
 
昔、小説を書き続けていた時期がある。
その時、小説の書き方を・・・
だが、本当は、そういうものはない。
 
物語も、どのように書いてもいい。
だが、これは、事実を思い出して書いている。
 
それでも、創作するという、形になる。
何故か・・・
何もかも、事実通りに書くことは、出来ないのである。
 
事実通りに、書き付けてゆけば、余計なことも、延々と書き続ける。
三度の食事から、買い物、たわいない話など・・・
 
そういう、たわいないことを、大半削り取り、書いてゆく。
 
だが、もしかしたら、そういう中に、事の本質があるのかもしれないと思いもしたりする。
 
何気ない会話の中に・・・
一緒に食事をしたりする中に・・・
そして、一緒に歩いた中に・・・
 
だが、それでは物語として、終わることがない。
 
延々と、繰り返しの如くを、書き続けることになる。
 
どこかで、切り取ってしまう。でなければ、書けないのである。
 
藤岡は、横浜に仕事を出ていた。
そのことも、詳しく書くべきなのか・・・
アルバイト感覚である。
 
何故、仕事をしたのか・・・
お金のためである。
私が、私のお金を使えばいいと言ったが、半年だけ、そのようにした・・・
だが、藤岡の、プライドが許さなかったのか・・・
 
ところが、後で、仕事のお金を貯めた、100万円を私の前に差し出した。
そして、言う。
木村さんに、上げる・・・
ただ、それだけ。
 
どうして・・・
木村さんに、お世話になったから・・・
 
さて、横浜への移転である。
二人で、時間を見つけて、部屋探しをした。
 
一度、二度・・・
そして、何件が廻ってみた。
 
私が気に入った部屋があった。
即座に借りることにした。
藤岡も、文句がなかった。
 
東向きのベランダから、朝日が入る。
目の前が駐車場で、建物がないから、日差しがそのままである。
 
仮契約をして、私達は、久しぶりに居酒屋に入った。
借りる部屋の近くである。
 
線路を渡ると、静かなマンション街になっていた。
そして、線路を渡ると、繁華街である。
 
不思議な感覚だった。
 
更に、その時、丁度引越分に当るお金が入ったので、本当に幸運だった。
 
その居酒屋で、何を話したのか・・・
藤岡の母親のことだったように思う。
 
とりあえず、藤岡と私が一緒に横浜に来て、一年後を目途に、母親を横浜に呼ぶという話だった。
 
その一年の間に、もう一つ、新しい部屋を借りるという予定である。
 
藤岡は、その間、時々、鎌倉に戻り、母親の様子を見に行くと言った。
 
少しの気分転換になった。
これで、藤岡は、仕事の場所にも、歩いて通えるのである。
それが、一番のこと。
そして、横浜だと、交通に便利なことだった。
 
私は、酒を飲んだ記憶がある。
藤岡は、飲まなかった。
藤岡が、酒を飲むようになるのは、横浜に出てきてからである。
 
一時間ほどを過ごして、駅に向かった。
私は、これで良かったと、思った。
藤岡も、喜んだ。
 
ああ、少しでも、楽になればいいと、私も喜んだ。
 
ただし、二人共に、まだ薬を飲んでいた。
 
私は、だいぶ、状態が良くなっていた。
パニック障害に遭うことがなくなっていた。
 
少し前なら、横浜、鎌倉の電車に乗ることも、大変な労力だったのだ。
 
夜の電車は、特に駄目だった。
だか、その夜は、気分良く電車に乗った。
 
引越すること・・・
何か、気分が上向いた。
丁度、鎌倉生活丸三年目だった。


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