<<TOP

ある物語 28 

ある物語

1 2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 32
33 34 35 36 37 38
39 40 41 42 43 44
45 46 47 48 49 50
51 52  53  54 55 56
57 58 59 60 61 62 63
64 65 66 67 68

論文集

お問い合わせ

<< ...19 20 21 22 23 24 25 26 27 >>
第二八話


初リサイタルが終わり、客も帰り、私と藤岡も帰ることになった。
二人で、食事をする予定だった。
藤岡が好きな、イタリアンレストランである。
 
小さな店だった。
初リサイタルをお祝いして、私はコース料理とワインを注文した。
 
藤岡も私も、とても充実感が一杯だった。
 
ここのお店、美味しいんだよ・・・
藤岡が言う。
以前、誰かに連れて来て貰ったそうだった。
それに、意外に有名なんだ・・・
 
確かに、有名人の色紙などもあっように記憶している。
 
外が眺められる席だった。
目の前は、鶴岡八幡宮の参道である。
 
サラダが出た。
その後の、料理は忘れたが、肉料理の時に、私か何気なく言った。
今日、コンサートに来られなかった人が、50人ほどいるけど・・・
 
その人たちのために、どこかでコンサート開けないかな・・・
 
それは、私にとっても、突然の発言だった。
藤岡は、ホールはないよ・・・
と、言う。
 
でも、勿体無い・・・
私が言う。
 
しばし、無言で料理を食べていた。
が、私は、どこでもいいから、コンサートをしようよ・・・
と、言った。
 
その店の斜め前に、藤岡が楽譜を買う店がある。
私は、あの店に、ピアノあったよね・・・
借りることは出来ないのかな・・・
と言うと、藤岡が、貸してくれるよ・・・
と、言う。
 
そこで、私は、
じゃあ、そこでもう一度やったら・・・
と、言うと、
藤岡は、
嫌だ・・・
と、言う。
 
それから、私の心に火が点いた。
 
今の今まで、考えていなかったことである。
 
宣男君、やろう、もう一度、コンサートをやろう・・・
明日、あの店に行って、貸して貰う・・・
 
うーん・・・
藤岡が乗り気ではない。
だが、私は、私がやる・・・
と、言った。
 
その一言が、その後の、藤岡のリサイタルを開催することになるとは。
まさか、私が、それをすることになるとは、思わなかった。
考えなかった。
 
最後に、藤岡が、やってもいいよ・・・
と、言った。
それで、決まった。
 
これは、私にとっても、決まったのである。
以後、私が藤岡のコンサートを企画してやるということになる。
 
このままでは、待つだけだ。
こちらから、やるしかない。
そして、私が全く知らない世界である、クラシックの世界に入って行くことになる。
 
実は、初リサイタルのギャラの問題も、トラブルがあったのだ。
最初は、藤岡のギャラが20万円だった。
しかし、客が多いとなると、主宰者側が、何とチケット売り上げの何割に変更したのである。
 
私は、その手の、やり方に憤りを感じていた。しかしそれを、出演者が言うことは出来ない。
やってもらって、ありがとう、の、世界だったのだ。
 
お金のことは、私が取り扱っていたから、藤岡は知らない。
そのことから、何となくクラシック音楽家に対する、主催者の感覚を感じたのである。
 
食事は美味しく、藤岡も満足していた。
ワインは、グラスに一杯だけ。
矢張り、緊張と疲れがあったのだ。
 
私の部屋に、二人で戻った。
そして、私は再度確認した。
明日、場所を借りて、空いている日の夜の時間帯を予約する。伴奏ピアニストも、私が連絡する。お知らせも、私が作り、来られなかったお客さんに、送るということにした。
 
漸く、藤岡も、やってもいいかという、気持ちになったのだと思う。
そして、これが大きな、きっかけになるのである。
 
宣男君、もう疲れたら、帰って寝なさい。
明日、来た時は、決まっているから・・・
そう言うと、僕も、楽譜屋に行くよ・・・
と、言う。
 
それじゃあ、宣男君の部屋に寄るよ・・・
と、一緒に行くことにした。
 
藤岡が自分の家に戻り、私は、ようやくホッとした。
私も、緊張していたのだ。
初めてのこと。
そして、お金のことである。
 
チケットの売り上げを、銀行から下ろしていた。
藤岡が販売した金額は、藤岡が使っていたからだ。
結局、私にしてみると、プラスマイナスゼロである。
 
 


<< ...19 20 21 22 23 24 25 26 27 >>