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ある物語 16 

ある物語

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第十六話

 
自分のやりたいことを見つけた人は、人生を悟った人だと、私は思う。
藤岡は、悟ったのである。
 
しかし、それは現実との折り合いが必要である。
つまり、生活するということ。
それは、お金を得ることである。
 
生活・・・
生きて、活きる、ことである。
この当たり前のことが、一番難しい。
 
生活の糧を得るためだけに、人生を生きる人もいる。
勿論、それが天職だとして生きる人は、本当に幸せである。
 
だが、天職と信じても、それをすることが出来ない人が多い。
一人の歌手がヒットすると、一万人の歌手希望者が、泣いている。
 
芥川賞作家が生まれる。
その裏で、一万人の作家志望者が泣く。
 
人生本当に、運に恵まれなかったという人がいる。
 
一度でも、輝きたかった・・・
でも・・・
駄目だった。
 
そういう人たちに、付け込むのが、宗教である。
 
あなたは、たった一人の大切な人なのです。
そして、金づるにする。
多く、貧乏な人たちが、宗教に入るのである。
 
人生を表現するために、色々な言い方がされる。
曰く、人生は旅・・・
台本は自分が書く・・・
その他、諸々。
 
すべてが本当で、すべてが、ウソとも言える。
 
生まれた私が悪いのよ・・・
ひなびた酒場で飲む酒は・・・
遊ばれ捨てられ絶望の・・・
 
実は、人生は非常に単純である。
死ぬために、生きている。
 
確実なことは、死ぬということであり、それ以外の表現は比喩なのである。
 
ということは、死ぬまでの間、何をするのか、である。
 
私が、天皇を崇敬するのは、そこにある。
生まれながらの天皇・・・
それは、実に苦しいことであろうと、思う。
だから、ありがたいと思う。
 
だが、国民は、好きに生きられる。
自由である。
勿論、自由でなかった時代もある。
 
日本は、敗戦から、自由を満喫するようになった。
だが、それでも、思うに任せないのが人生である。
 
宝くじに当る人の九割が不幸になるように。
 
人生を、偶然と捉えても、必然と捉えても、同じ事。
偶然、必然が同じレベルなのである。
 
ちょっと、泳いでみるか・・・である。
 
または、迷った振りをして生きるか・・・である。
 
何せ、行き先が、決まっているのである。
 
藤岡は、41歳の誕生日の前に、死んだ。
私の目の前で・・・
 
手を掛けて、引き上げようとした。だが、足元が、おぼつかない。
その後の、私の後悔を誰が知るだろう。
 
ああすれば、こうすれば良かった・・・
それが、幾日も続いた。
私が、狂わなかったのは、藤岡の仇を取ると、心に言い聞かせたからだ。
 
毎日、毎日、私は、地団太を踏んだ。
悔しさである。
 
藤岡を、苦しめたものを、すべて無きものにする。
この命を掛けて、やってやる。
 
皆殺しだ・・・
 
そうして、私は、狂うことを回避した。
 
藤岡の心の内というものを、私は書く事が出来ない。
当たり前である。
人の心の内など、書けるものではない。
 
何せ、自分の心の内も、解らないのである。
 
更に、馬鹿を相手の、時じゃないのである。
 
ところが、馬鹿は、馬鹿であることを知らないと言う不幸であるから、手が焼ける。
 
馬鹿な私が、馬鹿を、相手にするという、仰天である。
 
皆、我に関することには、妄想を抱く。
特に、頭脳明晰と言われる人たちは。
 
俺は、頭が悪いから・・・という人は、私の父親だけだった。
 
俺は、難しいことは、解らないから・・・
と、父は、私に言った。
 
酒を飲んで、自慢話は、するな。
父の言葉は、それだけだった。
 
藤岡は父を憧れていた。
だから、私に甘えた。
だが、私は、藤岡の父親にはなれなかった。
それが私の、あはれ、である。

 
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